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「…リラ、お茶のおかわりは?」 「もう大丈夫です」 「じゃあ、クッキーは?」 「たくさん頂いたので…」 「じゃあ、欲しいものは?」 「…特には」  あれから数日、私はアベルの部屋で過ごしている。アベルと話をしたり本を読んだりと自由に過ごしているが私は何をやっているのだろうと時々疑問に思う。人間とほのぼの生活なんて一族が見たら嘆くだろう。  そして不思議なのは、この部屋の扉が一日のうちで開くことはほぼ無い事だ。アベルがどこかに内線をかけると、仏頂面の使用人がそれを持ってくる、それだけ。そして外から鍵を締めてしまう。私には全く興味が無いようで、ちらりとも見ない。気づかれてすら居ないのかと思ってしまう。 「…アベルさん」  これは聞いていいことなのだろうか。 「どうしたの?」 「…えっと」  自分から名前を呼んだくせにしどろもどろになってしまう。もし、聞いちゃいけないことだったら気を害するかもしれない。どうしよう。 「気になること?」 「…は、はい」 「いいよなんでも聞いて」  もういらないと言ったのに注がれたお茶を片手に、何故アベルはずっとここにいるのか、何故外から鍵をかけてしまうのかをオブラートに包んで聞いてみる。アベルは少し悲しそうな顔をした。 「…幽閉されているんだ」 「幽閉!?」  思わず大きな声が出てしまう。自分の家に幽閉されるだなんて考えられない。 「ふふ、初めてそんな驚いた顔見たな」 「…だって、幽閉だなんて」 「知りたい?」 「…聞いても…いいんですか?」 「ああ勿論」  彼はあっけらかんとして語り始める。 「僕は生まれつき虚弱だからね、ローズブレイド一族に虚弱児は恥さらしみたいで何一つ不自由がないかわりにここにずっといる。頭だけはいいからもし上の兄達になにかがあった場合のスペアとしてね、ほら僕足も悪くて…」 そう言われてみれば、彼は少しの距離を歩くとすぐに何処かに捕まったり座ったりしていた気がする。 「そんな…」  つい、自分の境遇と重ねてしまった。一族の、吸血鬼のなり損ないと烙印を押され見捨てられている自分と一族の恥と言われ幽閉されているアベル。少し上京は違うけれどお互い愛されていない者だというのは話からわかる。 「別に僕は気楽でいいんだけどね…まあ寂しいと言えば寂しいかな」 「…」 「だから君が居てくれて今は楽しいよ」  儚げな笑顔に胸が締め付けられる。思わず涙が溢れた。この涙が自分の境遇と重ねたからなのか単純にかわいそうだと思ったからなのかわからない。どちらにせよぽろぽろと流れる涙を制御することはできなかった。 「ごめん…泣かせるつもりじゃ…」 「…あ、ごめんなさい…」  ぎゅっと抱きしめられる。温かいぬくもりが私を包み込んだ。 「ごめん、僕人を泣き止ませるのってこういう方法しか知らなくて」 「…アベルさ…ん」  アベルからはおひさまのような温かい香りがする。私の血の匂いとはぜんぜん違う。光の世界の匂いだ。 「……よしよし、泣かないで」  背中を擦られて段々涙が止まってきた。彼を慰めるべきなのは私なのに慰められてしまったと泣き止んだあとに気がついた。 「…君は特別優しいんだね」 「優しくなんて…」 「ありがとう、僕を思って泣いてくれて」  顔を上げる。彼の瞳に薄っすらと涙の膜ができていた。彼は泣くことを我慢していたんだ。そっと手を伸ばして自分からも彼を抱きしめ返す。 「え…」  それから背中をゆっくり擦る。何度も何度も。そのうち頭の上から小さく嗚咽が聞こえてきたが私はそっと背中を撫でる役に徹した。 「ごめん、ありがとう…楽になった」 「…いいんです」 「君は僕の周りの人間よりずっとずっと優しいよ、本の中では吸血鬼は怖いものだなんて書いていたけれどそれは間違いなんだね」 「…」  ありがとう。  そういって彼は私の額に優しく口付けを落としてきた。優しい気持ちが広がっていく。でも、その中に黒い感情も一滴混じっているのが私にはわかった。  …血が吸いたい。この人の血がほしい。  自分の中の吸血鬼として抗えない本性がむくむくと湧き出してくる。今まで人生の中でこんなこと感じたことなかったはずなのに。  黒い感情が、優しい思いを塗りつぶしていく。  いい香りのする男だ、血を吸わなくてはいけない。この男の血は美味しかった。ほしい、ほしい。この牙を突き立てて飲みたい。 「…あ…恥ずかしい…ので体…離して」  恥ずかしいじゃなくて、我慢できなくなるから離してほしい。でも吸血衝動をアベルに知られたくない。 「…ごめんもう少しだけ」  これ以上、くっついていたら、本気で理性が抑えられない。噛み付いてしまう。血の味が忘れられない。彼の血を少しばかり舐めた日から幾日立っただろう。最後にたくさんの血を摂取したのはいつだっただろう。  血のことを考え始めると頭がそれに支配されていく。ああ、本来吸血鬼はこういう衝動を抑えられないのか。だから血を求める。  私には、願望とか意思が希薄だったからその衝動も希薄だっただけ、願えば、意思をもてばこうして抗えないものが溢れ出す。 「待って、お願い離して」 「どうして?」 「わたし」  我慢できない。  勝手に口が開く。牙が彼の無防備な首元を狙う。   「~~~っ!!」  牙を自身の腕に突き立てた。鋭い痛みが走り抜ける。 「リラ!?なにを…!」 「ごめんなさい、わたし、やっぱり吸血鬼、だから…我慢できなくて!ずっとなり損ないって言われて、それでも血なんてほしいなんて思ったことなかったのに、どうして!」 「…リラ」  半狂乱になる私を見てアベルはわざとらしく首元から髪の毛を退けた。 「いいよ、リラ」 「…なにを」 「僕の血飲んでいいよ」 「でも、駄目だよ…」  吸血鬼に血を吸われると人じゃなくなる。吸血鬼伝承にはそう言ったことがだいたい書かれている。これは本当だ。ただし大量に血を吸われるとだが。 「リラが辛い思いするのは見ていて辛いよ」  だから、と彼は私の頭を優しく撫でてそれから首筋に牙を誘う。  噛みたい。血がほしい。  噛みたくない、傷つけたくない。  喉が渇いた。血が飲みたい、この人の血がほしい  喉はかわいたけれど、この人に辛い思いをさせたくない。 「ごめんなさい…!」  私の牙が彼の首筋の肉を抉る。ずぶりずぶりと日本の牙が彼の皮膚を引き裂いて血管を食い破る。どくどくと血液が流れ出して私の口の中に落ちていく。 「うっ…く…」  苦しそうな、痛みに耐えるような声が聞こえてくる。でも止まらない。だってこんなに美味しい。生の血液はこんなに美味しい…ああ、それともアベルの血液だからこんなに美味しいのか… 「…んっ…ん」  歓喜に喉を鳴らす。 「…はぁ…ぁ…リラ…んっ」  アベルの声に艶が混じっていく。私は驚いて、首筋から牙を抜いた。 「アベルさん?」 「あぁ…吸血って…すごいんだね……はぁ…はぁ…」  ぞくりとした。  アベルの恍惚とした虚ろな瞳に体中がふるえる。美しい、こんなに美しい顔がこの世にあったのか。 「リラ…はぁ…はぁ…」 「…アベルさん、大丈夫?」 「駄目かもしれない」  ふっと視界がぐるりと回る。気がつけば私はアベルの下に居た。 「こんなに気持ちがいいなんて」 「…アベルさん?」 「リラ、もっと気持ちのいいことをしようか」  妖艶な瞳が私を捉えている。私はその瞳に逆らえずに固まるしかなかった。
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