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 ごくごくと冷たい液体が喉を通って胃に落ちていく。いつも飲んでいるジュースや紅茶ならば冷たいほうが美味しいのだけれど、きっとこの液体に限っては生温かいのが美味しいのだろう。  私はこの液体が一番美味しく新鮮な状態のものを飲んだことがない。 「…兄さん、ありがとうございました」  空になったソレをゴミ箱に捨てて頭を下げる。兄は回転する椅子ごとこちらを向いて私を見て大きくため息を付いた。 「お前、何時になったらひとりで食事出来るようになるの?」 「…えっと、それは」  もごもごと口ごもっているともう一人の兄が私の後ろからひょこっと顔を出して笑いながら私を小突いた。 「一週間なにやってたの?」 「…頑張ってました」 「頑張って人一人おそえないの?女子供ならお前でも襲えるでしょ」  …それが出来たら苦労しないのに。  というよりも、何故彼らは何の躊躇もなしに人を襲えるのだろう。不思議でならない。不満たらたらなのが目と態度からバレたのか、兄達は二人揃ってまた大きくて明記をついた。 「暴力的なのが嫌なら、男誘ってわけてもらえばいいじゃん。ねえロイク?」 「そうだな。俺は基本的に一晩限りの女から貰っているな」  ロイクと呼ばれた兄は恥ずかしげもなく涼しい顔でそんなことを言う。もう一人の兄、ルイは私の体に体重を乗せながらケラケラ笑った。 「僕は、基本的に襲ってるけどね」 「ルイ、お前はもう少し大人しくやれよ。このままじゃ噂になる」 「別に殺してるわけじゃないんだからいいでしょ?この出来損ないの妹よりマシ」  出来損ない。ルイは私のことをよくそう呼ぶ。確かに私は出来損ないだと自分でも思う。自分で血液を摂取するすべを持たない吸血鬼。世界で私だけだろう。  私は血が嫌いだ。美味しいと思ったことはないし、なるべく摂取したくない。兄達や他の吸血鬼が若い女の血は美味しいとか、中年男の血は不味いとか楽しそうに話し合っているが私はその話題についていくことはできない。  そして、なにより人の嫌がる顔を見たくないし、怖がられたくない。ルイみたいに無理矢理人を襲えばその人は恐怖し、苦痛を感じ、トラウマになるだろう。ロイクみたいに体を使うのは恥ずかしいし行為の最中にうまく事を運べる気がしない。  だから私は自身で人の血液を摂取することが出来ない。幸いロイクがこの街で医者をしているから血液パックから血を啜ることは出来るが、必要分には到底足りない。もっと小さい頃は親が情けで分けてくれていたが…今は出来損ないの烙印を押され疎まれているので頼むことも出来ない。  ルイとロイクは私のことを見下してはいるものの、兄妹のよしみと最低限の面倒は見てくれているが、いつ捨てられるかもわからない。特にルイには。 「折角いい体持ってるんだからロイクに夜伽の仕方でも教わったら?」 「…そんな、無理だよ…というか触らないで…」  後ろからルイに体を弄られる。胸や腹を撫でられてくすぐったい。ルイは出来損ないが反抗するのが面白くないのか、むっとした表情で私の体を撫でる手を止めた。 「生意気」 「…ごめんなさい」 「おいルイ、それくらいにしておけよ」    ロイクが今日何度目かわからないため息を付いてルイを咎める。ルイは更にムスッとした顔をして私から離れた。 「一番こいつのこと見下してるのはロイクじゃん」 「…なんだと?」 「一族のなり損ないで何も出来ない馬鹿な妹だって思ってるじゃん」  ルイが私を見下しているのは態度でまるわかりだが、ロイクはなんだかんだ言って私を小馬鹿にすることはあれ助けてはくれていたがやはりそう思われていたのか。  ショック半分、当たり前だという気持ち半分でくらくらしてくる。 「…あの、本当にごめんなさい」  一族の面汚しなのはわかる。だから謝ることしか出来ない。ただ、そんな私の態度が兄達、特にルイをイライラさせているのは手に取るようにわかる。ルイはいつでも気丈で自信家だ。社会の"人間"としても成功を収めている。ロイクもルイ同様に社会の"人間"として常に勝者の位置にいる。  私は、社会の"人間"としても、ルイやロイク…一族の者のようにはなれない。常に貧血状態だからろくに動くことも出来ないし、体も強い方ではないので昔の吸血鬼のように日光にめっぽう弱い。だから社会的な意味でも私は弱者なのだ。弱い者を疎む吸血鬼という種族に私のような者がいることを皆よく思っていない。 「ホント卑屈」 「…」 「おい、ルイやめておけといってるだろ」 「…ごめんなさい!」  吐き捨てるように謝罪をしてバタバタとロイクの診療所を出た。逃げたくて暫く走っていると自然と涙が出てくる。何故自分はここまで落ちこぼれなのだろうと。兄達や一族の者達のようにポテンシャルはあるはずなのに。  きっとこのまま、なり損ないと、出来損ないと言われ続け誰のために生きるわけでなく見捨てられて惨めに死んでいくのだろう。どんどん暗い考えになっていく。 「…はあ、やめよう」  悩んだところでどうしようもない。こんなところで泣いていたらそれこそみっともない。 「失礼」  …男の声がした。そちらを振り返ると黒い車の前に男が立っている。 「えっと…どちら様でしょうか?」 「フォーサイス一家の屋敷はこの道で合っているか?」 「…?」  父親達への客人だろうか。しかしこんな人達は今まで一度も見たことがない。 「何か御用で…あッ!?」  頭に強い衝撃を感じて一瞬意識が白濁に染まる。何かで殴られたようだ。しかし吸血鬼がこんなことで意識を失うわけもなく、体制を立て直して後ろを見る。 「ほう、流石吸血鬼か」 「なんでそれを」 「それは君が知ることじゃないお休み」  バチバチと今度は体に電気が駆けていく。あまりのショックに今度こそ私の意識は闇の底に落ちていった。
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