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02  窓の外はしとしとと雨が降っていた。私はその雨を眺めながらぼんやりと物思いに耽る。  思えば、ここに来てからひとりきりになるのは初めてだ。いつもアベルが近くに居たから彼のことを考えていればよかった。  ただ、彼は今ここにはいない。一族で食事会をしている。私が選んだフリルの付いたブラウスと黒のパンツに、小振りなアクセサリーを身にまとって。  シャンデリアがゆらゆらと光を灯している、ああ…ひとつ電球が切れ掛かっている。  本棚の本が上下逆さまだ、あんなところにシミがある。  ひとりだからこそ普段目の行かない場所に必然的に目が行ってしまう。ひとりであることを寂しいと思ったことは今まであまりなかった。  寧ろ気が楽だった。一族といれば、お小言を言われるしたまたま人間と話す機会があってもいつ身バレをするか怖くてまともにしゃべれなかったのだから。  ひとりでいる時間はとても魅力的な時間だった。空想の世界に逃げ込んだり、絵を描いてみたり詩を読んでみたり、全て自分の自由だったから。  でも、今はひとりきりが心細く寂しい。本に目を落しても、暖かな紅茶が喉を潤してもついアベルのことを考えてしまう。  彼は今、一族の人間に虐められていないだろうか?辛い思いをしていないだろうか?そんなことばかりが頭を巡って、どんよりと星のない空と同じような暗い気持ちになっていく。  昨日のことを思い出す。アドリーヌがお熱のエドガーを見たときのことを。私はアドリーヌが言っているエドガーとアベルに対峙したエドガーが同じ人物だとどうしても思えなかった。  身内だから素を見せているのか、それともアベルに対してだけああなのか。冷たい目が浮かんでぞわりと体に寒気が走った。 「そういえば」  ルイやロイクは今どうしているだろうか。雨の日は彼らは極力外に出ないからきっと今頃家でゴロゴロしているのだろう。  いや、寧ろ彼らが今いる場所で雨は降っているのだろうか?ここがどこかわからない以上、もしかしたらここと家の場所はとても離れていて、向こうは晴れているなんてこともありえなくはない。  彼らは、私がいなくなってどう思っているのか。そんなことを考え始めてすぐに首を横に振った。どうせ、行き着く思考の結果は決まっているのだから。  本に目を移す。誰かの詩集らしいその本には沢山の栞が挟まっていた。アベルが何度も読み返したのか少しボロボロになったその本が愛しく思える。  彼が栞を挟んでいるページはどれも、恋の詩や、情熱的な詩、それに希望的な詩ばかりだ。普段ののほほんと笑顔を浮かべるアベルもこういう詩が好きなのかと思うと口角が上がる。  ああ、やはり彼は前向きだ。  かた、かた。ゆっくりとした足取りで、少しずつ階段を昇る足音が聞こえた。本を閉じて扉の前まで向かう。  …足の悪いアベルがここまで昇るのは大変だろう。少しでも手伝おう。そう思い扉に手をかけた瞬間、なんだか凄まじい違和感を感じた。  何が悪いとかはわからない。ただ、薄気味悪さと嫌悪感に眉を顰める。この感触は今まで経験したことがない。まさか、これが俗にいう嫌な予感というものなのだろうか?  焦ってノブを回す。扉を開けると、直ぐ三段ほど先にアベルが立っていた。壁に手をついて少し息を荒げている。 「はぁ…リラ、どうしたの」 「アベル、ひとりで登ってきたの?誰も送ってくれなかったんですか?」 「僕が断ったんだよ、家の中くらいひとりで歩ける…はぁ…っあと、3段…!」  さん、に、いち  かつん、かつん、かつん 「はぁ…はぁ…ふう…ただいまリラ」  出ていったときより血色が悪く感じで心配になってしまう。 「あ、ああ…おかえりなさい…」 「家の中とはいえ、食堂は遠いね…ふう」  がこんと扉を締めて鍵をかける。  アベルはふらふらとした足取りでベッドまで行くと、ばふっと倒れ込んだ。 「アベル、お疲れ様」 「うん、ちょっと疲れた」 「…話し合いが?」 「え?ううん、それは楽しかったよ?ウェルター兄さんに今日の服はマシだねって褒めてもらったし…疲れたのは移動。次があればメイドに付き添い頼むよ…」  倒れた肢体の隣に腰掛ける。ベッドがキィと軋んだ。 「エドガー兄さんが婚約するんだって」  アベルが顔を上げる。少し悲しそうだった。  アドリーヌの顔がぱっと浮かんで私も少し悲しくなる。 「まだ決定じゃないって言ってたけど、凄く良さそうな人だった」 「来ていたんですか?」 「ううん、写真だけ」 「どんな人でした?」 「うーん、身なりの良くて華奢で、清楚な感じのお嬢様。東洋系の血筋らしくて、髪の毛は黒髪だったよ。エドガー兄さんも気に入ってるみたい」 「…」  正反対とはいえないものの、派手でやんちゃなアドリーヌとは反対のタイプだ。 「アドリーヌは…」 「…まだ知らないけど、すぐに知ると思う。貴族のネットワークって狭いから」 「…そう」  会話が途切れて重たい沈黙が流れる。 「貴族に王族にとって子供は交渉の材料だから…仕方ないといえば仕方ないんだけどね」  ははっと乾いた笑いが聞こえた。 「僕はアドリーヌの幼馴染だからどうにかしてあげたいとは思う」 「…」 「…でも、僕じゃどうしようも出来ないかなあ」  再び沈黙が流れる。私は少しでもこの空気をどうにかしようと、ポットに入っていた冷めたお茶をアベル用のカップに注いでベッドサイドのテーブルに置いた。  かちゃりという音に気がついて彼はこちらに顔を向ける。 「冷めちゃってますけど…」 「ありがとう」  体を起こしたアベルはカップに口をつけて中身を飲み干すと、よしと小さく声を上げて私の方を向き直った。 「僕にできることはやるよ」 「…それはどういう」 「僕にとって、彼女は大事な幼馴染だから。どうにもならないかもしれないけどやるだけのことはやるってこと、リラも協力してくれる?」 「勿論」  ありがとうと笑ったアベルの表情は何時もと少し違う優しい笑みではなく、子供っぽいいたずらっ子のような笑みだった。
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