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Chapter.5 嫌いにならないで*Act.6-03

「――キスしか、してくれないんですか……?」  考えるよりも先に口から出ていた。  しまった、と思ったけれど、一度出てしまった言葉を飲み込むことは決して出来ない。  高遠さんはしばらく、私を凝視していた。  恥晒しな発言をした私を軽蔑している。  そう思っていたのだけど、違った。 「ダメだよ……」  諭すように穏やかな口調で高遠さんは続けた。 「本音を言えば、キスじゃ満足してない。俺もただの男だから好きな子を抱きたい願望はある。――でも、今はダメなんだよ……」 「――どうして、ですか……?」  詰問する私の頬を、高遠さんが優しく撫でてきた。 「――大切な人を傷付けたくないと思うのは、当然の感情だよ。だから、キスだってほんとはまだするつもりはなかった。でも、結局俺も浅はかだからね……」  そこまで言うと、高遠さんは私を強く抱き締めた。 「ごめん。綺麗ごとを言ってるのは俺もよく分かってる。こんなことをしちゃいけないことも……。でも、せめて、君をこうして抱き締めることだけは許してくれないか……?」  私の耳に、高遠さんの声が優しく伝わってくる。  高遠さんは私が思っている以上に私を大切に想ってくれている。  高遠さんは自分を浅はかだと卑下したけれど、私こそ浅はかだ。  本当に馬鹿げたことを口走ってしまった。 「――ごめんなさい……」  胸が張り裂けそうなほど苦しくなり、勝手に涙が溢れ出てきた。  これは、自分に対する悔し涙だ。  高遠さんは何も言わなかった。  ただ、泣きじゃくる私をずっと抱き締めてくれていた。  人を好きになることは幸せなことばかりじゃない。  時に苦しくて、逃げ出してしまいたくなる。  でも、高遠さんとの出逢いを後悔しているわけじゃない。 「――私を、嫌いにならないで……」  くぐもった声で告げた私の頭に、高遠さんが自らの顎を軽く載せてくる。 「嫌いになるわけないだろ」  少し怒ったような、けれどもやはり、とても穏やかな声音が返ってきた。
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