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* 2 * 性欲の減退はおクスリで

 三葉と琉は恋人同士だ。  薬剤師として総合病院で働き始めた三葉に一目惚れしたのだと彼は言い、休憩時間を縫ってことあるごとに口説きに来たものだ。  毎日のように薬局に現れ、三葉を口説く医学博士(ドクター)の姿は目立ちすぎていた。自分とは違う世界の人だし、まだ恋より仕事に夢中だった彼女は断ろうとしたものの、周りからの痛い視線に耐えきれなくなってお付き合いを受け入れた経緯がある。  お付き合いに是と返してからも琉は毎日のように三葉のもとへ会いに来た。自分より年上のくせに子どもみたいにまとわりついてきたかと思えば、夜になると獣へと変貌する。  彼の部屋で何度も身体を重ね、互いの温度を分かち合い、へろへろになりながら二人して翌日のシフトに入る、なんてこともざらにあった。  彼に甘やかされながら過ごした日々に溺れつつあった三葉だったが、そんな彼女を職場の若い女性たちは羨み妬み、ついにはイジメの標的にしてしまう。  自分ひとりが被害に遭うだけなら問題ない、けれどここは病院で、自分たちはときに生命に関わる薬剤を取り扱っている。何かが起こってからでは遅いのだ。それに。  ――彼にこれ以上迷惑かけたくない。  過剰なまでに三葉を可愛がる琉の姿にいつしか疑問を持つようになっていた。一目惚れだと彼は言っていたけれど、前の恋人もショートカットの似合う薬剤師だったという先輩の言が引き金になって、思わず彼の前で癇癪を起こしてしまった。 「わたしのこと、前の彼女さんに重ねているんでしょ。見た目とカラダの相性が良ければ他の女のひとでもいいんじゃないの?」  問い詰めたところ、琉は目をまるくしたのちいけしゃあしゃあと応えたのだ。 「……たしかに三葉くんの見た目とカラダの相性はぴったりだな。オーダーメイドの家具みたいに」  わたしはあなたのオーダーメイドの家具かい!?  彼のズレた解答に三葉は顔を真っ赤にして言いはなつ。 「もういいです。少し距離をおきましょう」 「それは物理的に? それとも心理的に?」 「両方です!」  もう知らない! ぷりぷり怒りながらしわひとつない白衣の裾を翻し、三葉は彼の前から姿を消した。  彼は追いかけてこなかった。  もしあのとき追いかけてきてくれたなら、抱き締めて「前の彼女に嫉妬なんかしなくていい」ときっぱり応えてくれたなら、三葉はここまで追い詰められることはなかっただろう。  職場に戻れば入院患者の大量の処方箋が積まれたまま三葉に押し付けられ、時間以内に片付けられずに嫌みをさんざん浴びる羽目に陥る。いくら三葉が新米だからとはいえ、あからさますぎる職場の嫌がらせだ。  それもこれももとを辿ればぜんぶ整形外科外来担当の大倉医師のせい!  溜まりに溜まったストレスが閾値を越えた瞬間、三葉は職場に辞表を叩きつけていた……    * * *  それから琉とは会わずじまいだ。携帯の着信は無視していたし、メールも「いまは距離をおきたいから」と職場を辞めたことだけほのめかして連絡を絶った。これで自然消滅するのなら仕方がないとも思った。なんせ相手は多忙なドクターだし、自分が姿を消したくらいでそう簡単にダメになるような男ではない。  ……と、思ったのだが、現実は異なるらしい。 「琉先生、勃起不全?」 「……勃起力低下だ。不全ではないぞ、たぶん」  ダメになった部分が下半身だというのも切ない話だが、彼に何も言わずに離れた自分にも非があるのだろう、それ以上深く追及することは避け、三葉は彼のために薬棚から数種類の商品を取り出す。 「先生もご存じでしょうが、勃起不全になる原因って『生活習慣病』、『加齢による男性機能の低下』そして『精神的ストレスによる心因性のもの』なんです」  陰茎海綿体に血流が流れなくなると起こる勃起不全は身体の不調が原因で発生する器質性EDとも呼ばれる。基本的にはサプリメントなどで解消することが可能だが、琉が生活習慣病を患っていたという話は聞いていない。  加齢による男性機能の低下についても、三葉より年上とはいえ、三十代前半である彼の年齢を考えるとまだまだ先の話だ。  だとすると、考えられるのはひとつだけ。『精神的ストレスによる心因性のもの』だ。 「心の問題がからむと本質的に薬で治るものじゃなくなるんですよ。うつ病は先生には関係なさそうだけど、精神的なストレスやプレッシャー、不安とか自分自身振り返ってみて思い当たる節があるんじゃないですか?」 「……」  思い当たる節は目の前にいる三葉のことなのだが、彼女はそのことに気づいていない。  黙り込んだ琉にたたみかけるように三葉は薬の箱とドリンク剤をカウンターに並べていく。 「でもでも、身体面での勃起力を向上させるにはサプリメントやドリンク剤を飲むことが効果的です。まず、自信が持てます。それから、アッチ方面だけじゃなくても精力が増すから仕事のパフォーマンスも上がりますよ」  勃起不全に関するお悩みはこの薬局でもポピュラーなものだ。病院でバイアグラを処方してもらうほどのことはないが、中折れに悩む五十代六十代の男性があの頃の自信を取り戻したいと三葉に相談してくることも少なくない。  慣れた口調で説明する彼女を呆然と見ていた琉だが、やがてひとつのドリンク剤に目を向ける。 「おやお目が高い! 『ピコンピコン精泉液』ですね。こちら天然アミノ酸の一種であるアルギニンをはじめ、男性ホルモンのテストステロン分泌量をアップさせるための薬用ハーブであるトンカットアリ、お馴染みの高麗人参とローヤルゼリー、オットセイエキスが含まれているんです」 「へぇ……じゃあこれ買うよ」  何がお馴染みなのかよくわからないが、三葉もおすすめだというドリンク剤を指さし、琉は財布からお金を取り出す。レジにお金を収めた三葉は当たり前のようにドリンク剤のキャップをひねり、カウンターの前で待つ琉に差し出す。 「はいどうぞ」 「美味いのか……?」 「さあ……?」 「飲んだことないのかよ」  ふ、と笑って琉は瓶を口にあて、一口流し込む。一気飲みする客ばかり見ているから、彼のように上品に精力剤を飲む姿は斬新だ。三葉が身を乗り出して「どう?」と興味深そうに訊ねれば、「うん」と頷いて彼はまたドリンク剤を口に含む。  そして強引に顔を寄せられ、口移しで飲まされる。 「ちょ……んっ!」  薬草のキツイ匂いがなだれ込んできて、三葉は咳き込みそうになるが、彼のおおきな手が顎を摑んだまま、放してくれない。そのまま薬を飲みこんでしまう。  全身にカァっと熱が奔る。ドリンクはまだ残っているというのに、それでも琉は三葉の口唇を封じたままだ。 「ん……はぁ、もぅ……」 「……シたくなった?」 「……でも」 「俺が今夜最後の客なんだろ? だったらこのあと、問題ないよな」  そう言って、残りのドリンク剤をぐびっと飲み干して、琉は勝ち誇った表情を浮かべる。 「言ったよな。勃たなくなったから君に奉仕してほしい、って」  会えなかった分、たくさん可愛がってやるから、と囁かれ、三葉は顔を紅潮させたまま、観念したようにこくりと頷く。  彼に精力増強のおクスリを渡したはずが、自分の方がムラムラさせられていると気づいたのは、閉店作業を終えて白衣を脱ぎ、彼に肩を抱かれながらホテルへ足を向けたときだった。
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