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第1話

ガタン ゴトン ガタン ゴトン…… 頭ががくりと前に倒れて、ぼんやりとした意識のまま顔を上げた。 今まで体を預けていた規則的な揺れは、もう感じられない。 目に映るガラス窓の向こう側の景色が止まっているのを見て、膝の上に置かれたカバンを手に、慌てて立ち上がり列車を降りた。 「……危なかった」 そう口から出たものの、何故この駅で降りたのか思い出せない。 まだ寝ぼけているんだろうか。 ぶるぶると小刻みに頭を振ってみるけれど、相変わらずぼんやりとした頭の中は霞がかったようにはっきりとしない。 何で列車に乗っていたんだっけ。どこに行くつもりだったんだろう。 そう思いながらも、確かにここが私の辿りつくべき場所だったんだという確信がある。 走り去った列車を見送ってから、駅名を探す為に辺りを見回してみるも、どこにもそれらしきものは見当たらない。 小さなホームには乗客もおらず、駅員もいないようだ。 どうやら無人駅らしい。 当然かもしれない、見渡す限り森しかないのだから。 こんな所に列車が通っている方が不思議だ。 改札を出ると、森の中に細い一本道が続いている。 背の高い針葉樹林が辺りを覆っているからか薄暗い。 陽の光が届かない森の中は湿った空気に満ちていて、針葉樹独特の香りが胸の中に入り込んでくる。 その空気は凍えそうな程冷たく、私はブルっと体を震わせた。 コートにマフラー、手袋にブーツ。 明らかに寒さを意識した服装の下はいつものようにワンピースを着ている。 最近買ったばかりのお気に入りのワンピース。 あの人に見せたいなと思いながら選んだものだった。会えるはずもないのにと苦笑いをしながらも、想像しているだけで幸せな気持ちになる。 こんなに凍えそうな空気なのに、空は澄み切った青い色を木々の僅かな隙間から覗かせている。 そういえば、青い色が好きだって言ってたっけ。こんな空を見たらあの人はなんて言うんだろう。 ずっと続くと思われた濃緑の深い森は突然ふっと消え失せて、小さな小屋のような家が現れる。 まるで絵本に出てきた妖精や小人たちが住んでいたような家に、ふっと顔が緩む。 こんな深い森の中に誰が住んでいるんだろう。 まさか本当に妖精が住んでいるわけもないだろうし。 なんだか良い香りが漂ってくる。 ところどころ剥げかかっている、赤い屋根上の煙突から立ち上る白い湯気から出ているのかもしれない。 引き寄せられるようにその家へと近づく。 窓から中を覗き込むと、一人の男性が暖炉の前で本を読んでいるようだった。 後ろ姿しか見えないけれど、明らかに小人でも妖精でもない。 暖炉の火の揺らめきがとても暖かそうで、私はそれを見ながらほぉーっと手袋の上から息を吹きかける。 あの火にあたれたらいいのに。 突然男性がマグカップを片手に立ち上がり窓の方を振り返る。 それにびっくりして窓の下に座り込もうとした私は、よろけてしりもちをついてしまった。 「痛あ……」 コートについた土を払いながらヨロヨロと立ち上がろうとすると、「大丈夫?」という声と共に大きな手が目の前に差し出された。 それを見た瞬間、頭の中でスパークリングワインの気泡が上がっていくような不思議な感覚に襲われる。 「立てる?」 「あ、はい。大丈夫です」 目の前の手を掴んで立ち上がると、私は少し首を上げた。そうしないと顔がちゃんと見えなかったからだ。 「背、高いですね」 「そうかな……そんなに高くもないよ」 「あの、すみません。暖かそうでつい覗いてしまって」 なんだか恥ずかしくなって少し俯きながらそう言うと、彼はほんの少しだけ口もとに笑みを浮かべた。その笑みはなんだか私を安心させる。 「良かったら少し休んで行ったらどうかな? 君はとても寒そうだし、もうすぐ雪も降りだすかもしれない」 真似をして私も空に手をかざしながら空を見上げると、さっきまでの青空はどこかに消えてしまっていた。 そこには彼の言うように今にも雪が降りだしそうな曇り空が広がっている。 一体いつの間に空は様子を変えたのだろう。 「じゃあ、少しだけ。お言葉に甘えて。青空見ましたか?」 彼はもう一度空を見上げ、そんなものどこにあるんだと言うように「青空?」と聞きかえした。 「いえ……何でもないです」 私は少しがっかりした。 もし、彼があの青空を見ていたら何て言うのか、聞いてみたかったのに。 森の中と、この森が開けた場所では天気の境目があるのかもしれない。 サバンナで雨の境目が見えるように、ここでは空の境目が見える。 そうであってもおかしくないような気がした。 暖炉の火がパチパチと音を立てている。 木のぬくもりの感じられる小屋には、木製の丸テーブルが一つと椅子が二脚。 それからすわり心地の良さそうなグレーのソファと長方形のコーヒーテーブル。 窓の近くにはシンプルな飾り付けがされたクリスマスツリーが置かれている。 「そういえば、今日はクリスマス……」 「そうみたいだね。僕もあれを見て気づいたよ」 彼の話し方はどこか他人事のように聞こえる。 「ここって、あなたの家ではないんですか」 「気づいたら僕はこの部屋で本を読んでいた。 何故ここにいるのか、それも思い出せない。だけど、誰かを待っていたような気がする。 だからここで本を読みながら待っていた。 そうしたら君が窓から覗く姿が見えてね」 「私はいつの間にか列車に乗っていて、この森の中にある駅で降りたんです。やっぱり誰かに会いに来た気がするんですけど、それが思い出せなくて」 彼は沸かしなおした珈琲を、二つ揃いの色違いのエマリアのホーロー製のマグカップに注いだ。 ころんとした形が、この小屋の雰囲気にとても似合っている。 「ね、敬語使わなくていいよ。普通に話してくれる方が気楽だ。僕は」
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