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第七章 本当の気持ち 15

――翌朝。  幸せの中、ぐっすりと眠った美幸だが目を覚ますとベッドには幸司の姿はなかった。身支度を済ませた美幸がダイニングルームへと行っても、そこにも既に幸司の姿はない。 「旦那様でしたら、今朝は随分早く会社へ向かわれました」 「会社へ?」  執事の遠藤にそう聞かされた美幸は、会社で何か問題でも起きたのだろうかとそんな事を考える。 「私も急いで会社へ行きます」 「ですが、旦那様は奥様にはいつも通りに会社へは行くようにと」 「同じ部署に勤務する社員だもの。だから、朝食はスープだけでいいわ」  美幸はスープだけ飲むと出勤準備を始める。寝室へ戻りバッグを取り出し出かける準備をする。そこへ美幸の携帯電話へ母からの電話がかかってくる。 「お母さん? 何かあったの?」  こんな朝から電話を掛けるのは父親に良くない事が起きたのだろうかと一瞬胸がドキッとする。声が沈み震えそうな口調になるのを必死に堪え、何とか明るい声で話そうと大きく呼吸をすると瞼を閉じる。 「お父さんの治療が始まることになったのよ」 「お父さんが?」 「ええ、暫くは抗がん剤で様子を見るらしいわ」 「え? 手術はしなくてもいいの?」  癌と宣告されてどれくらいの期間放置していたのか、美幸は詳しい話は聞かされていない。しかし、診断後直ぐに治療をしなかったとは聞かされていた。なのに、手術もせずに抗がん剤だけで良いのかと信じられない話だった。 「手術は勿論あるわ。でもね、一先ずは抗がん剤でがん細胞の動きを封じ込めるんじゃないのかしら? 私は詳しくは分からないの。でも、お医者様にそう言われたから」  母親の声が弱々しく聞こえると美幸は幸司を選び仕事を優先しても良いのだろうかと、自分の事ばかりに必死になっている今の状態に少し戸惑う。 「うん、分かった。仕事が終わったら私も病院へ行くね」 「こっちは大丈夫よ。何もすることないんだから。それより、美幸には家庭も仕事もあるんだから」 「……うん、分かった。お母さんも無理しないで」  父の病状も気になるが、それ以上に幸司が早くに出勤したのも気になる。美幸はいつもなら駅まで車で送って貰う所だが、この日は会社まで屋敷の者に送って貰うことに。  そして、会社へ到着すると、始業時間までまだ時間がある為か、社員の姿はまばらで営業部全体でも人の姿はチラホラと見えるだけ。  慌てて一課へと向かおうとすると、その手前の書庫の扉が少し開いているのに気付く。

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