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第20話

   * * *  まさか本気で、すぐさま私の両親のところに行くなんて思わなかった。シャワーを浴びて着替えを済ませて、朝食はどこかで食べればいいと連れ出された真理子は、琉偉の手に引かれるまま駅に向かい、コーヒーショップで朝食を食べた後、あいさつに行くのなら服装をきちんとしたほうがいいなと、ショッピングモールに連れてこられた。 「俺はスーツを買ってくるから、真理子はご両親にいまから行くと電話をしておいてくれ」 「ほ、本気で行くの?」 「冗談で職務規定違反ができると思うか?」  ううん、と首を振ると、不安そうに琉偉が眉を下げる。 「俺と結婚をするのは、イヤか」 「イヤじゃない。うれしいよ。そうなったらいいなって、思っていたし」 「なら……、なんだ」 「ちょっと、急すぎて驚いているだけ」 「真理子が逃げたからだろう。博多に着くまでの間に、俺はプロポーズの準備を整えておく予定だった」 「……ご、ごめんなさい」  フッと琉偉の目元がなごむ。 「すまない。これは俺のワガママだ。また真理子がいなくなったら、と不安でしかたない。……情けないとあきれるか」  ううん、と真理子は首を振った。 「信じられないの。なんだか展開がはやすぎるっていうか、いきなりこんなことになって、ついていけてないっていうか」 「人生なんて、そんなもんだろう?」  琉偉の手が真理子の頬に触れる。その温もりに、真理子はホッとした。夢でも幻でもなく、現実に琉偉が目の前に立っている。それなのに幸福すぎて実感がない。 「そう、なのかな」 「そうだ」 「琉偉は実感があるの? その、結婚をするっていう」 「ない」 「えっ」 「実感は、あとからゆっくり心に追いついてくるものだからな。いまは、なくてもいいんだ」 「そういうもの?」 「ああ」  頼もしい笑顔に、そういうものなのか、とボンヤリ思う。 「じゃあ、俺は服を買ってくるから。真理子は1階の喫茶店で待っていてくれ」 「うん、わかった」  じゃあ、と手を振って去っていく琉偉の背中を見送る。  昨日は別れの決心をして、あの背中を見つめていたな。  けれどいまは、別れを恐れる必要がないとわかっていた。 「不思議」  つぶやいて、真理子は人の邪魔にならないよう、ショッピングモールの、あまり人気のない場所に移動をしてスマートフォンを操作し、電話をかけた。 「あ、もしもし? おかあさん。私、真理子。いま、ちょっといい? あのね、いまからそっちに行きたいんだけど、家にいる? おとうさんは仕事だよね」 『なによ、いきなり。帰ってくるって、なんかあったの?』  そう言ってはいるものの、なんの心配もされていないと声音から伝わってくる。  私、いままで心配なんてかけないように、なるべくおとなしくイイ子でいようとしていたもんね。  唐突に帰ると言い出しても、心配事や厄介なことを持ち出すとは思われていない。  それがいいことなのか悪いことなのか、真理子はわからなかった。 「うん、あのね。ちょっと有給を取って、旅行してきたの」 『ああ、そんなこと言っていたわねぇ。それで、帰ってきたの? お土産を持ってくるってこと?』 「うん。まあ、お土産っていったら、お土産かなぁ」 『なによ、もったいぶって。来るって、いまからコッチに向かうの? お昼ごはんは』 「あ、ええと」  手土産を買ったとしても、昼をすこし過ぎた程度の時間になる。お客様を連れていく、と言っておいたほうがいいかな。  琉偉の笑みが脳裏をよぎり、真理子の胸にイタズラ心がムクムクと湧き上がった。 「うん。えっとね……、ご飯そっちで食べたいんだけど……、朋美も呼んでくれないかな」 『朋美を? ああ、お土産を別々に持っていくの、めんどくさいからね。いいわよ、どうせお昼ごろに来るんだから。孫の顔を見せに来たとかなんとか言って、料理をするのが面倒なのよ』  文句っぽい口調の裏に、ウキウキとした気配が見える。 「そっか。じゃあ、いっぱいご飯を作っておいてくれる?」 『ごちそうなんて、なんにもできないわよ』 「うん、いいよ。ごちそうじゃなくって」  琉偉の「日常のひとつに俺を加えてほしい」という言葉が耳奥に蘇る。  おかあさんのことだから、お客様がいるんなら先に言っておいてって怒るだろうな。  妹の明美は琉偉を見て、どんな顔をするだろう。  クスクスと笑っていると、困惑声で『なぁに? 変な子ねぇ』と言われた。 「なんでもない。とにかく、いっぱいご飯を作っておいてね。じゃあ、あとでね」  通話を切って、ふうっと息を抜く。喫茶店で待つように言われたけれど、彼の傍にすこしでも長くいたくて、真理子は琉偉の向かった紳士用品店へ足先を向けた。  琉偉のことを、なんて紹介しよう。  スロット・マシンで遊んでいたら、声をかけられた?  たしかにそうだけれど、なんだかちょっと違う気がする。  酔っぱらっているところを介抱されて、そこから付き合いがはじまった?  なんだかそれも、しっくりこない。 「――あ」  真理子の頭上に、ライオンの像に囲まれた、増え続ける数字のパネルが浮かぶ。数字は琉偉の笑顔に変わり、ライオンが口から炎を吐いた。  ジャックポット!  火を噴くライオンが3つそろえば大当たり。船の中にあったカジノのパンフレットで見た、ミリオネア誕生の瞬間となる写真を思い出して、ニンマリする。  スロット・マシンでジャックポットを引き当てたの。  これ以外に適格な説明はないと、真理子はクスクス笑いながらスーツを選ぶ琉偉の傍へ行った。 「真理子」  琉偉の笑顔に心が膨らむ。  私、愛のジャックポットを引き当てたんだわ。  冗談みたいな言葉だけれど、真理子の前には夢でも幻でもない、愛してやまない人がいる。 ――カジノを目当てに来たんだから、私を賭けてみてもいいわよね。  琉偉の誘いに乗る決意をしたときの、自分の言葉を思い出す。  自分を賭けたギャンブルに勝利をしたんだと、真理子は琉偉に寄り添った。
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