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第18話

   * * *  高くてまるい間延びをした音が、遠くから聞こえる。  まぶたを持ち上げた真理子の目に、藍色に沈んだ部屋が映った。窓から人工の灯りが差し込んでくる。  ピンポーン。  高くてまるい、間延びした音の正体を把握して、真理子はぼんやり考える。  私、寝ちゃってたんだ……。  眠気の残る気だるい息を吐き出して、真理子はふたたび目を閉じる。  インターフォンの音が、また聞こえた。  誰だろう。  誰でもいい。  どうでもいい。  このまま溶けて消えてしまうから。  インターフォンの音は消えない。  真理子はそれを遠い世界の音として、意識の外に置いていた。  すると今度は扉を叩く音がした。  乱暴な音は部屋の中に重い音を響かせて、静かに透明になりたい真理子の邪魔をする。  その音の中に、声が混じった。 「真理子、いるんだろう? 真理子!」  ハッと目を開けた真理子は耳を澄ませた。 「真理子!」  その声を真理子は知っている。知っているどころか、その声に包まれて消えてしまいたいと願っていた。  信じられない思いで起き上がり、おそるおそる扉へ向かう。  たたかれる扉の振動が、空気を伝って真理子の肌に触れる。 「真理子、真理子!」  夢じゃない。  息を呑んだ真理子は扉を開いた。  扉と壁の隙間に、船の上に置いてきたはずの心のすべてが立っている。 「……琉偉」  呆然とつぶやくと、琉偉は乱暴に玄関に押し入り、真理子の背を壁に押しつけた。  どうして、と言いかけた唇がキスでふさがれる。 「んっ、ん……、ふっ、ぅう」  唇をこじあけて侵入してきた琉偉の舌は、乱暴に真理子の口内をかきまわした。呼気すらも奪うほど激しい、支配欲に満ちた口づけに真理子は目を白黒させる。  状況がさっぱり呑み込めない。  わかるのはただ、夢でも幻でもなく、目の前に琉偉がいることだけ。  間違いなく、息が苦しくなるほど激しく、存在を伝えてくれていることだけ。 「ふっ、んぅ、うっ、……はっ、んぅうっ」  ボロボロと真理子の目じりから涙があふれる。からっぽだった体に、中身が帰ってきた。  腕を伸ばして琉偉にしがみつく。舌を伸ばしてキスを求めれば、琉偉のキスがやさしいものに変わった。 「ふっ……、はぁ、あ、んっ、んん」  心が熱く膨らんでいく。なんにもなかった空洞に、激しい感情が流れ込んでくる。  琉偉――ッ!  心の中で叫んで、真理子は琉偉のキスを受け止めた。 「っはぁ、あ……、ふ、琉偉」  濡れて艶光る唇が離れる。涙ににじんだ視界いっぱいに、琉偉の泣き出しそうな笑顔があった。 「真理子」  かすれたささやきは、真理子の心を荒くこすった。擦り傷に似た痛みが胸に走る。 「どうして、ここに……、んっ」  ふたたび、キス。  こんどはついばむような、やわらかなものだった。壁に押しつけられている真理子の胸に、琉偉の体温が触れる。真理子は琉偉の背に腕を回し、体を添わせた。ぴったりと身を重ねているのに、服がふたりの邪魔をする。  琉偉がほしい。  いますぐに。  その願いが聞こえたのか、琉偉の腕が真理子の腰に回り、抱き上げられた。キスをしたまま部屋の奥に入り、ベッドに寝かされる。琉偉は無言で上着を脱いだ。ひきしまった体を、真理子は見つめる。 「真理子」  切ない声にほほえめば、琉偉も笑った。唇が重なり、琉偉の手が真理子の服にかかる。顔中にキスをされながら上半身を裸にされた真理子は、素肌の琉偉の胸へ手のひらを這わせた。  熱い。  もっと彼の体温を感じたくて、真理子は琉偉の腕を掴んで引き寄せた。裸になった真理子のふっくらとやわらかな胸と、琉偉のたくましい胸が重なる。琉偉のほうがずっと温かくて、けれど心音の激しさはおなじだった。  どちらもが、おなじ強さで相手を求めている。  相手の中に、自分がある。  どうして離れられると思ったんだろう。こんなにも琉偉の中には私がいて、私の中には琉偉がいるのに。  理屈ではなく、感覚として真理子はそれを知った。 「真理子」  琉偉の指が真理子の髪を梳く。 「琉偉」  真理子は琉偉の頬に手を添えた。  顔が近づき、息が絡まり、唇が触れる。 「んっ、ん……、ん」  角度を変えて、なんども唇を重ね、体の奥に相手の中に置いている自分を引き出す。  真理子の中には琉偉がいて、琉偉の中には真理子がいる。  それを確信したふたりは、互いの中の相手を重ねるために愛撫をはじめた。  琉偉の手が真理子の乳房に触れ、うっすらと朱色に染まった肌に唇を落とす。ふわふわとした乳房の頂を口に含まれ、真理子はほうっと息を放った。チロチロと舌先で尖った部分をはじかれて、淡い刺激が乳房に広がり血液に溶ける。それは全身を巡って、下肢に熱を呼んだ。  ジワリと琉偉を求める愛液がにじみ、真理子は自然と脚を開いた。膝で琉偉の腰を掴み、素肌に触れるベルトの感触に眉をひそめる。  ふたりの間に、へだたりとなるものは必要ない。  それを取ろうと真理子が手を伸ばせば、気づいた琉偉が素早くベルトを外し、下着ごとズボンを脱ぎ捨てた。真理子のスカートとショーツも、琉偉の手で床に落とされる。  まったくの裸身となって、ふたりの肌の触れ合いを邪魔するものはなくなった。真理子は琉偉に手を伸ばし、琉偉の唇に甘えた。受け止めた琉偉の指が、真理子の胸の先に触れる。さきほど口に含まれた箇所を指でつままれ転がされる。甘痒い刺激に真理子が熱っぽい息を吐くと、琉偉の舌がもう片方の胸に伸びた。 「はっ、ぁ……、あ、ああ」  身じろぐと揺れる乳房を大きな手のひらで支えられ、左右の尖りを愛される。琉偉はどちらの色づきも丹念に指でころがし、舌でくすぐり、唇で噛んだり歯ではさんだりした。そのたびに、似て非なる刺激を受ける真理子は、甘く細い悲鳴を上げて、琉偉から与えられる刺激を余すところなく受け止める。 「あっ、琉偉……、んっ、ああ…………」  もっと深く激しく感じたくて、真理子は琉偉の腰に脚を絡めた。女の花が咲きほこり、琉偉がほしいと訴えている。それなのに琉偉は真理子のすみずみまで指先でたしかめ、唇でじっくりと愛することに夢中で、真理子の望む場所には触れてくれない。 「琉偉……、ねぇ」  触って、と全身で訴えても、琉偉は淡い愛撫をし続けた。トロトロとあふれる愛液がシーツを濡らすほどになっても、琉偉は真理子の肩や腕、指先を唇でなぞっている。 「っ、ふ……、ああ、琉偉……、んっ、ぅ」  ふやけてしまった女の花がわなないている。触れてほしくてジリジリするのに、丁寧すぎるほど緩慢な愛撫がたまらなくうれしくて、愛おしくて、真理子はほほえんだ。  琉偉は私がちゃんといるってことを、たしかめているんだ。  これは夢でも幻でもない、現実なのだと琉偉は味わいたがっている。たしかに真理子がいると、確認している。  私だって――。  触れてほしいと求めるばかりではなく、自分からも触れてみよう。  真理子は琉偉の肌に唇を寄せた。たしかな温もりが唇に触れる。触れられているだけでも、彼の存在を感じられる。けれど意志をもって、琉偉がここにいることを確認したい。  琉偉の肩に唇を押しつけ、舌を伸ばす。真理子よりも体温の高い肌をなぞって、鎖骨のくぼみをくすぐった。両手で琉偉の胸をまさぐると、琉偉が動きを止めて身を起こす。彼の肌を追いかけて、真理子はベッドに座った。あぐらをかいている琉偉の膝に乗り、彼の胸に唇を寄せる。琉偉はほんのりと笑っていた。真理子もほほえみを浮かべて、琉偉にされたのとおなじように、手のひらを彼の肌に滑らせて唇をはわせる。  琉偉の指が真理子の顎にかかった。ネコをあやすように首筋を撫でられて、真理子がクスクスと息を漏らすと、唇を親指でなぞられた。口を開けて軽く噛む。やわらかな指の腹と硬い爪の感覚が、歯を通じて意識に流れた。それはとても生々しい触感で、琉偉がちゃんとここにいるのだと安心できた。 「真理子」  琉偉の親指が口の中に押し込まれる。キュッと吸うと逃げるように親指が動き、歯の裏を撫でられた。気持ちがよくて目を細めると、人差し指も口の中に入ってきた。舌の表面を指であやされて、真理子はじゃれる猫のように甘噛みをした。琉偉の指が口内でうごめき、上あごをくすぐったり舌裏を撫でたりする。それが真理子の胸をより熱くさせ、体中が浮き上がるような、不思議な快感を引き起こす。ヒクヒクと女の花がわなないて、真理子は陶然と琉偉の指に甘えた。 「は、ぁ……」  愛玩動物になった気分で甘えていると、琉偉の指が口内から離れた。 「真理子」  熱っぽくかすれた息が乱れている。詰まった声と苦しそうに寄せられた眉を見て、琉偉の体がどうしようもなく高まっているのだとわかった。  彼の熱に触れたい。  真理子は淫蕩にたわんだ意識で身をかがめた。隆々とそびえる琉偉の熱欲の先端に舌を伸ばす。 「……う」  ちいさなうめきに励まされ、真理子は火傷しそうに熱いそれを舐めた。先端のちいさな裂け目から透明な液体がにじみ出る。  私とおなじ。  琉偉も愛液をあふれさせている。  愛おしくてたまらなくなり、真理子は根元を両手で包んで、獣が水を飲むように琉偉の愛液を求めた。 「……は、ぁ……、真理子」  ピチャピチャと舐める自分の舌音を聞いていると、切なく淫らな息が頭上に落ちた。琉偉が感じてくれている。よろこびに真理子の胎内はわななき、愛撫をされていないのに愛液が湧き上がった。 「真理子……、もう」  琉偉がなにを言わんとしているのか、すぐにわかった。真理子ももう限界だった。 「うん、私も――」  ひとつになりたい。  言葉にしなくても通じ合った。  どちらともなく唇を重ねて、真理子は琉偉の肩に手を置き、彼の腰をまたいだ。しっとりと濡れそぼり花開いた真理子の下で、琉偉が激しく脈打っている。ほほえみを交わし、真理子は腰を下ろした。 「は、ぁ……」  琉偉の熱に、真理子の花が開かれる。しとどに濡れた花はなめらかに琉偉を受け入れた。 「あっ、はぁ……、あっ、ふ、ぅう」  それでも隘路にさしかかると、真理子の腰が止まってしまった。もっと奥までほしいのに、体が震えて沈まない。 「真理子」  包む声で名を呼ばれ、真理子は琉偉を見た。艶やかに濡れた瞳が大丈夫だと言っている。 「……琉偉」  吐息とともに名を呼べば、琉偉の手が腰にかかった。彼の腕に促され、真理子はゆっくりと腰を沈める。 「はっ、ぁあ、あっ……、あ、ふぅ……、る、琉偉」 「っ、真理子……」  内側が開かれる。胎内が蠢動して琉偉を奥へと導いている。琉偉はちいさく腰を上下させて、真理子の隘路をあやしながら開いていった。 「ふぁ、あっ、ああ……、琉偉、あっ、あ」  やがて真理子の尻が琉偉の太ももに触れて、ピッタリと隙間なくふたりは繋がった。 「はぁ……、ああ、琉偉……」  ほほえめばキスをされた。 「真理子の中に、俺がいる」  うん、と真理子は琉偉の額に額を重ねた。 「私の中に、琉偉がいるね」  クスクスと揺れる息を重ねて、ふたりはしっかりと抱き合う。 「俺の腕の中に、真理子がいる」 「うん。……私を琉偉が包んでくれてて、私の中に琉偉がいて……、すごく――」 「なに?」 「……しあわせ」 「そうか」 「うん」 「じゃあ、もうすこしだけ、こうしていようか」 「うーん……」 「なんだ」 「どっちも、したいなぁって」  このままでもいたいし、激しく求められたくもある。どっちかを選ぶなんてできないと、幸福な迷いを唇に乗せてキスをすれば、琉偉に強く抱きしめられた。 「それじゃあ、どっちもたっぷりと味わえばいい」 「え?」 「どっちも……、たくさん味わえばいいんだ。片方だけなんて惜しいだろう。俺は真理子のすべてがほしい。――真理子の望みは俺の望みだ」 「琉偉……」  私も、と琉偉の口内にささやきを注ぎ入れる。  ゆるゆると琉偉が動いて、真理子もゆらゆらと体をゆらした。唇を重ねて、おだやかに寄せては返すさざ波に身を浸す。愛の潮騒が体中に満ちるとともに、ふたりは劣情に身をうねらせて、波間にはしゃぐような水音を響かせた。 「はっ、はんっ、はぁ、あっ、ああっ、琉偉……、あっ、あああっ、あ」  琉偉が真理子を掻き混ぜる。真理子は荒々しい波から振り落とされまいと、必死に揺れて彼を高めた。 「あんっ、あっ……、琉偉、ああ、もっと、ああ――」 「真理子……、真理子」  乱れた息の合間に互いの名を潜ませて、荒々しい激情に呑み込まれたふたりは、感情の高ぶりに振り回された。  真理子は琉偉のリズムに乱れ、琉偉は真理子の熱におぼれる。  激しく身を打ち合わせ、汗をしたたらせながらすがりつき声を上げて、尽きることのない貪欲な愛情をむさぼる。わきあがってくる強烈な愛おしさに翻弄されて、これ以上ないところまで駆け上がったふたりは、雷鳴に似た衝撃を同時に味わい、想いに弾けた。 「はっ、あぁあぁああ――ッ!」  高く切なく吠えた真理子に、琉偉の情愛が注ぎ込まれる。真理子の媚肉はしっかりとそれを受け止めた。絶頂の快感に震える肌に、相手の快楽のわななきが伝わる。熱い余韻とともに、しっとりと濡れた肌をたしかめて、真理子はほほえむ。 「ああ、琉偉」  うっとりとこぼれた声は、琉偉の唇に拾われた。  全身の感情を揺さぶり高める感情の心地よさに、真理子は目を閉じる。  愛を交わすって、こういうことだったんだ――。  ほほえみを浮かべたまま、真理子はスウッと温かな眠りに吸い込まれた。
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