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第3話

   * * *  なんて大胆な提案をしてくるのだろうと、琉偉は真理子の発言に面食らった。  恋人でもない相手の忠告を聞かない、という遠まわしな誘い文句と、おとなしい真理子の外見が一致しない。 「とりあえず、君の名前を教えてくれないか」  緊張気味に琉偉が問えば、真理子は少女のようにほほえんで「宮崎真理子」と、酔いに発音を揺らがせながら答えた。 「オーケー、真理子。それで、君は俺と恋人になれば、こんな無茶な飲み方や、ちっとも楽しそうには見えないスロットをやめてくれるんだな」  慎重に問えば、真理子はコクンと首を縦に動かした。  なんて無防備な態度なんだろう!  もしかすると、真理子は深層のお嬢さまなのではないだろうかと、琉偉は危惧した。彼女はおそらく二十代半ばだろう。そんな年齢の女性が、これほど無垢であるはずがない。もしもそうなら、世間をまったく知らない場所で生きてきたということになる。そこから導き出される結論は、彼女は深層のお嬢さまというものになる。  あるいは、そういうフリが得意な辣腕の娼婦か。  どちらにしても、この船のオーナー息子であり責任者でもある自分が、危ない遊び方をしている彼女を放っておくわけにはいかない。 「それじゃあ、真理子。これから俺は君の恋人になろう。それならいいだろう? さあ、そのイスから俺の腕に移動して。――部屋に送ろう」  軽く腕を引くと、重さなどないかのように、真理子の体は琉偉の腕の中にすんなりと落ちてきた。あまりの手ごたえのなさに、彼女は妖精かなにかかと琉偉はギョッとした。  アメリカ人の父親の血を濃く受け継いだ琉偉の身長は、バスケットボール選手と並んでも引けをとらないくらいに高い。商談の座で存在感と押し出しの強さを得るために、暇を見つけては鍛えている肉体はどっしりとした厚みがある。そのことを差し引いたとしても、真理子の体はあまりに薄く、たよりなかった。ちょっと力を込めただけで、背骨が折れてしまいそうだ。  琉偉はとどろく胸を抑えつつ、平静をよそおって真理子を部屋へと連れて行った。  室内に入り、ベッドに寝かせようとして、彼女の手にシャツを握られていることに気づく。ちいさな子どもが迷子にならぬよう、けんめいに親の服を掴んでいる姿を連想し、琉偉はほほえんだ。 「さあ、ここは君の部屋だ。なにも心配をする必要はない。ゆっくりと休んでいればいい」 「ん……」  運んでいるうちに半ば眠りに引き込まれてしまっていた真理子の、閉じられていたまぶたがゆっくりと持ち上がる。その奥に隠れていた瞳が、さみしさをたたえていた。その瞳と視線が合った瞬間、琉偉は激しいめまいを覚えた。  嵐の中の小舟のように、大きく心が揺さぶられる。  琉偉は喉をゴクリと鳴らして、真理子の耳元に低くささやいた。 「真理子。――さあ、この手を離して。もう、おやすみの時間だ」  真理子はイヤイヤをするように、たよりなく瞳を揺らめかせて首を振った。はかなげな仕草に、琉偉の鼓動がはやくなる。  これは彼女の作戦なのか。こうやって無垢なふりをして、男をたぶらかしてきたのだろうか。  しかし、とてもそんな人には見えない。  いや。  おとなしそうな外見の女こそ、より深い毒を持っているものだ。真理子は日本人らしいその容姿を活かして、外国人の男たちを虜にして渡り歩く女性に違いない。  本能的に湧き上がる庇護欲に似た愛情を、琉偉の理性が説き伏せる。相互の意見は拮抗し、琉偉は身動きが取れなくなった。 「……琉偉」  うわごとのように呼ばれた。  かすかな息に耳をくすぐられた琉偉の内側で、本能が勝利する。 「ああ、真理子」  返事をしながら、琉偉はそっと真理子の頬に唇を寄せる。  彼女をベッドに寝かせるために、おおいかぶさっていたことが理性の敗因だったのかもしれない。    * * * 「んっ、ん……、はぁ」  すばらしいキスに真理子はうっとりした。琉偉の首に腕をまわして舌を伸ばし、おずおずとキスを求める。すると琉偉は真理子の希望に応えて、ますます深く舌を伸ばして、真理子の口腔をやさしくあやした。 「ふっ……、んぅ、うっ、は、ぁ」  なんて大胆なことをしているんだろう。  自分に驚きながら、真理子はここが日本ではないのだと思い出す。  かといって、どこの国だと明言はできない。所有はたしかアメリカの会社のはずだが、船の中はどの国にも属してはいない。乗船するには、パスポートがいる。身元がハッキリとしており、かつ乗船料金を支払える人間のみが、この豪華客船に乗れるのだ。船の中で大きなトラブルが起こった場合は、船内にいる国際弁護士が取り扱うらしい。この船はどの国でもあり、どの国でもないのだと、インターネットで検索した、パンフレットよりも詳しい船の情報欄に書いてあった。  つまり、日本の常識などこの船の中では通用しない。  真理子は間近にある深い青色の瞳を見つめた。海のような澄んだ瞳に、炎のような情熱が見え隠れしている。 「ふぁ、あ、んっ……」  琉偉の舌に翻弄された口腔が、淡く官能にうずいている。すこしでも唇が離れるとせつなくて、真理子は琉偉の首にしがみついた。  こんなふうに、男の人にすがるのははじめてだ。  男性経験は豊富ではないが、皆無ではない。その中で、これほど心が風船のように膨らむ、心地いいキスを受けた記憶はなかった。どれほど愛していると言われても、こういう行為は男性優位で、女性が相手に合わせるものだとばかり思っていた。 「んっ、ぅう……、うっ、んぅ」  琉偉のキスは、真理子を高めることを優先している。甘く情熱的で、ひたすらにやさしいものだった。ぎこちなく真理子が舌を伸ばせば、子どもを褒める親のように、慈しみを込めて吸ってくれる。 「ふはっ、あっ……、んぁ」  舌の根に生まれた快楽が走り、真理子の腰を甘美に震わせた。女の部分がしっとりとほとびる。キスだけで濡れてしまうなど、ドラマや小説、漫画の中だけの世界だと思っていた。それなのに、それをいま体感している。 「は、ふぅう……、んっ、んう」  気持ちいい。  外国映画のこういうシーンで、女優が「すばらしいわ」と言っていたのは、こういう扱いを受けていたからなのか。本当に、すばらしいとしか言いようのない満たされた心地に、真理子はうっとりした。 「ああ、真理子」  熱っぽい息に、真理子の心臓は痛いほどにときめいた。深く、心の底から求められているのだと伝わってくる。 「琉偉……、ああ」  知ったばかりの名を呼べば、彼の唇が耳朶に触れて、舌が耳奥に差し込まれた。 「ふっ、ぁ、ああ……、っ」  そんなところが感じるなんて、真理子は知らなかった。ゾクゾクと背筋が震え、脚の間がもどかしく震える。琉偉の大きな手のひらに包まれた乳房が、やわやわと形を変えた。 「は、ぁあ……、琉偉、ぁあ」  乳頭をはじかれた真理子はちいさく跳ねた。じわん、と熱い快楽が波紋のように肌に広がる。 「ああ、琉偉……、ああ」  琉偉の唇は首筋をなぞって、鎖骨に触れた。たくしあげられたカットソーが邪魔で、真理子は身をくねらせて脱ごうとした。気づいた琉偉がブラジャーごとカットソーを持ち上げて、首から抜いてくれる。あらわになった真理子の上半身に、熱っぽい琉偉の視線が注がれて、真理子は期待と緊張に胸をあえがせた。 「……琉偉」  琉偉は真理子を見つめたまま、ゆるゆるとかぶりを振った。その目は讃美をたたえており、唇からこぼれた息は、やるせない劣情を宿していた。 「ああ、真理子」  自分が彼を魅了しているのだと、真理子は感じ取った。こんなにステキな異性を惹きつけられる魅力を、自分が持っているなんて信じられない。  夢なら冷めないで。  真理子は両腕を伸ばした。琉偉が上着を脱いで、真理子の指に唇を当てる。あらわになった彼の胸は厚く、みっしりとした筋肉におおわれていた。スポーツ選手かと思うほどたくましい肉体に、真理子は緊張する。  彼のようにハンサムでスタイルのいい男性は、きっと多くの女性にモテるだろう。そんな人が、どうして平均的で地味な私に最高のキスと情熱的な視線を向けてくれるのか。  珍味的な?  きっとそういうたぐいの興味なんだろう。でなければ、いくらでも美女を得られそうな彼が、私なんかを相手にしてくれるはずはない。  スッと真理子の胸に冷たいものが走った。  でも、いい!  なかばヤケクソの気持ちで、真理子はほほえんだ。このまま琉偉と、どうにかなってしまいたい。  だって私、いままでの私を捨てるために、この船に乗ったんだから。  琉偉の手が頬に触れて、真理子はそっと目を閉じた。彼の息が鼻にかかり、唇が軽く押しつぶされる。乳房も彼の胸筋に押しつぶされて、ぴったりと上半身が密着した。  琉偉の体温は真理子よりも高く、それがとても気持ちいい。全身を彼の熱で包まれたくて、真理子は琉偉の背に腕をまわした。琉偉のたくましい腕も、真理子の背中にまわされる。 「んっ、ん……」  さきほどまで、あれほど情熱的なキスをしていたというのに、琉偉はこれがキスのはじまりのような、ついばむ程度の軽いキスをしてきた。大切にされていると感じられて、真理子の心は泉のように熱い気持ちを湧き上がらせる。 「ふっ、……ぅん」  薄く唇を開くと、琉偉の舌が伸びてきた。軽く唇で噛んでみれば、琉偉の唇に唇を噛まれる。じゃれあいに似たキスに、真理子はクスクス笑いながら応えた。キスがこんなに楽しいものだとは知らなかった。  チラリと琉偉を見れば、彼の瞳もほほえんでいる。ドキリと心臓が跳ねてはにかむと、首筋をきつく吸われた。 「あっ……」  そのまま琉偉の唇は真理子の肌を流れて、乳房に到達した。舌先でチロチロと乳頭をもてあそばれて、女の部分がよろこびに痙攣する。湿った女陰がハッキリと濡れて、真理子は太ももを擦り合わせた。気づいた琉偉の手が真理子の膝に触れ、閉じられた脚を開こうとする。  しかしそれは力づくのしぐさではなく、重なった肌をくすぐる、いたずらめいたものだった。 「真理子」 「あっ」  キュッと胸の先を吸われて、真理子は思わず膝を開いた。するすると内腿を滑った琉偉の手がスカートの中に入り、ショーツをずらして秘裂に触れる。ビクリと身をすくませると、大丈夫だと言いたげなキスをされた。 「っ、琉偉」  包む瞳に見つめられ、真理子は緊張を解いた。うなずいた琉偉の指が女陰に沈む。 「んっ、ぁ……」  クチュ、と甘えた濡れ音を体で聞いた。 「真理子」  あやす声に視線を向けて、真理子は琉偉の唇を求めた。 「ふ、ぅん、んっ、ん」  口内では舌が、下肢ではヒダと琉偉の指が絡んでいる。上下の口で琉偉を感じて、真理子は魂ごと体を震わせた。次々に生み出される愛液が、琉偉の指を歓迎していた。丁寧にヒダをまさぐられ、尖った胸の先が刺激を求める。琉偉の熱い胸板に乳房を押し当て身をくねらせる真理子に気づき、琉偉の唇が乳頭を含んだ。 「っは、ぁあ……、あっ、琉偉」 「ああ、真理子。とても淫らだ」 「んっ、んんっ」 「とがめたわけじゃない。声を抑えないでくれ、真理子。……もっと、声を聞かせてほしい。こちらの口のように」  そう言った琉偉は指を激しく動かして、真理子の陰唇から淫靡な音を引き出した。 「ああっ、あ、ああ……、っううん」  濡れそぼる自分を耳にも教えられ、真理子はますます淫らに濡れて息を乱した。 「ぁはっ、んぅうっ、あ、琉偉、ぁあっ」 「ああ、真理子。すごくセクシーだ」  そんな言葉をかけられたのははじめてだ。信じられぬ思いが、熱っぽい琉偉の瞳に溶かされる。  琉偉は本気で、そう思ってくれている。  情熱的に瞳を濡らすほど、魅力を感じてくれている。  真理子は大胆に脚を開いて腰を浮かせた。 「ああ、琉偉」  胸の奥がよろこびにうずき、胎内が琉偉を強く求めている。琉偉は目をまるくして指の動きを止めた。 「真理子」 「――琉偉」  興ざめされたのかと、真理子は心配になった。しかしそうではなかった。琉偉はゆっくりと目を笑みの形に細めると、真理子の額に唇を当てた。 「情熱的な誘惑だ」  ホッと胸をなでおろした真理子の下肢に、熱くて硬いものが触れる。秘裂の口に琉偉の情熱の先端が沈み、真理子は深く息を吸い、受け入れるために吐き出した。  ぐ、と押し込まれた質量に息が詰まりそうになる。喉をそらして膝を持ち上げ、なるべく楽な体制を取ろうとする真理子の腰が、琉偉の大きな手に掴まれた。かと思うと、蜜に濡れた隘路に力強い熱が押し込まれる。 「っあ、はぁあああ――っ!」  強い圧迫に真理子は叫んだ。痛みはないが、想像以上の質量に頭の先まで貫かれたような衝撃が走る。浅い呼吸に胸を震わせる真理子は、自分の内側のすべてが琉偉に満たされたのだと感じた。息苦しさがひどくうれしいのは、なぜなのか。  わからない。  わからないけれど、真理子の魂が琉偉に支配されたことをよろこんでいる。 「ああ……、琉偉、ああ」 「真理子……、っ、ああ」  詰まった琉偉の息とかすれた声に、彼もまた真理子の内側で圧迫に苦しんでいるのだとわかった。  おあいこだ。  そう思うと、なぜか笑いがこみ上げてきて、真理子はクスクスと肩をすぼめた。 「真理子?」 「ふふ」  たのしい気持ちを唇に乗せて琉偉に押し当てると、琉偉もキスを返してくれた。  体の芯を琉偉に貫かれたまま真理子が琉偉の唇にたわむれると、琉偉がそれに応えてくれる。ふたりは互いの体が相手になじむまで、キスを交わし続けた。 「んっ、ふ……、は、ぁあ、琉偉」 「うん、真理子」  やがて圧迫が去り、快楽のうずきだけが残ると、琉偉は腰を揺らめかせて真理子の具合を確かめた。隘路を擦る彼の熱をまざまざと感じた真理子は、劣情の息を吐き出し琉偉の肩を掴んで体をゆすった。 「あっ、あ、あ……」 「――真理子」 「琉偉、ああ、琉偉」  すごく、欲しい。  理屈ではなく、琉偉が欲しくてたまらない。どうしてなんて考える余地もないほど、本能が彼を求めていた。それに従う真理子の動きに合わせて、琉偉が勇躍する。 「はっ、ああ、あっ、ああ……、琉偉、ああっ、あ」  突き上げられるままに声を放ち、彼を高めようと動きながら、真理子はこれまでの人生で自分が身に着けてきた、不要なものがはがれていくのを感じた。 「ああっ、もっと、もっと――」  琉偉にしがみつき、高められるままに理性や常識、世間体といったものを脱ぎ捨てていく。 「っ、真理子……」  苦しげな琉偉のうめきと共に発せられた彼の熱に胎内を打たれて、真理子は高く細い悲鳴を上げた。 「っは、ぁあぁあああ――っ!」  絶頂を迎えた真理子は、むきだしの快楽と共に得た魂の開放にほほえむ。  私は、自由だ。  恍惚としながら、真理子は真っ白な悦楽の闇に意識を放り出した。
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