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第1話

  * * *  人生には、思い切った行動も必要だわ!  宮崎真理子は男の腕に腰を引き寄せられるまま、柳の枝のように体をしならせながら心の中で叫んだ。  思えばずっと、地味でおとなしい人生を歩んできた。子どものころは「お姉ちゃんなんだから」と言われて、妹や近所の年下の子どもたちの面倒を見て、えらいわねぇと大人たちから褒められていた。学校でもソツなく過ごし、いわゆる優等生グループの中に数えられていた。  非の打ちどころのない子ども時代と言えば聞こえはいいが、つまりは大人の思い描く理想の子どもでいただけだ。対する妹は好き放題にワガママを通し、親の手をわずらわせ頭を悩ませ、大学時代にはなんと無計画に妊娠までしてしまった。親は激怒し、相手の男に文句を言って、その男がまた簡単にヘラヘラ笑いながら「責任を持って結婚します」と言ったので、さらに親を怒らせた。  問題だらけの妹の人生を横目で見ながら、真理子は優越感に浸っていた。私のように真面目にコツコツと生きることこそ、すばらしいのだと。  けれど、決してそうではなかった。  いざ妹が結婚し、孫が生まれると両親は手のひらを返したように、妹と初孫を可愛がり、義理の息子となった男が責任を取ったことを褒めそやした。その反動のように、いつまでも未婚の真理子に渋い顔を見せて、いつになったら片付くのかしらとため息までつくようになってしまった。  いままでさんざん妹に眉をひそめてきたくせに、どういうことだと戸惑う真理子の脳裏に、手のかかる子ほどかわいいという言葉が浮かんだ。そのとたん、大人の望むように優等生であり続けた人生がバカバカしくなってしまった。そんな悩みをグチとして、付き合っていた男に聞いてもらおうとした矢先、どうしてこのタイミングなのかと髪をかきむしりたくなるほど最悪のタイミングで、彼氏の浮気が発覚した。しかも男は浮気相手を選んで、真理子から去ってしまったのだ。  去り際の文句はボロ雑巾のように使い古された、お前はひとりでも生きていけるだろう、だった。  なんなのよ!  真理子は心の中で叫びながら、男には笑顔を見せて別れを受け入れた。取り乱したことのない真理子は、泣いて男にすがることができなかった。  弱さを見せられないという弱さを、男は理解してくれなかった。強がっているとは見抜いてくれず、うわべだけで「ひとりで生きていける、強い女」だと判断されていた。  付き合っている間、ずっと彼は私の内側を見ていなかったんだな。  そう思うと、付き合ってきた時間がとても無意味で無駄なものだと思えてしまった。  そのとたん、なにもかもがどうでもよくなってしまった。  いったい自分の人生は、なんだったんだろう。  なんてつまらなくて、自分自身をきちんと生きていなかったんだろう。  おとなしく言うことを聞くイイ子でいたことに、なんの意味があったんだろう。 「んっ……」  キスを受けながら、真理子はむなしくなった。さみしさが胸に去来し、それから逃れたくて腕を伸ばし、男の首にすがりつく。  もっともっと、激しいキスが欲しい。 「は、ぁ……、んっ、んんっ」  舌を伸ばすと、男はそれに応えてくれた。深いブルーの瞳が、まっすぐに真理子を映している。真理子はキスの合間にほほえんだ。  なんてことをしているんだろう、私。  心地よい自嘲にうっとりと目を細め、真理子は男のキスに応える。執拗なくらい丁寧なキスは、口の中が性感帯であることを教えてくれる。  そういえば赤ちゃんがなんでもしゃぶってしまうのは、それがなにかを確かめるためだと聞いたことがある。それはつまり、口の中にはとても敏感なセンサーが、もともと備わっているということなのだろう。  私、この人がどんな人なのかを確かめているんだ。  そして相手も、真理子がどんな人間なのかを確かめている。  言葉もなく、ただ触れ合って相手の存在を確認し合っている。  なんて純粋な行為なんだろう。  真理子はうんと舌を伸ばして、男の口内をまさぐった。深く重なった唇の端から、互いの熱い息がこぼれ落ちる。 「ふっ、んぅ、う……」  鼻から漏れる息は淫靡な気配を漂わせて、真理子の理性をゆさぶった。頭の芯がぼうっとして、これ以上は思考が続かない。 「は、ぁ……、んっ」  男の舌が唇から頬に移動し、耳に触れた。 「ひぁっ」  耳朶を唇で噛まれ、耳奥に舌を差し込まれて、真理子は高く短い悲鳴を上げる。 「真理子」  低くかすれた熱っぽい声に鼓膜を愛撫され、背中がゾクゾクした。 「は、ぁん……、あっ、あ」  肌の表皮が官能に震えている。脚の間が切なくうずいて、ヒクついているのがわかった。 「ああ……、私」  こんなに淫らな体だったなんて、知らなかった。たかがキスだけで、女の部分をムズムズとさせてしまうなんて。  ううん、違う。  うっとりと耳を舌でまさぐられながら、真理子は目を閉じた。  こんなふうに壊れ物を扱うように愛撫をされるのが、はじめてだからだ。妹ほどモテたりはしなかったけれど、それなりに彼氏はいたし経験もしている。けれど、どの男も己の欲望を吐き出すことに夢中で、真理子が感じているかどうかなんて、気にもしていなかった。 「は、ぁ……っ、んんっ」  目を閉じていても、相手が真理子の反応を確かめながら、舌を這わせているのがわかる。どこをどうすれば、真理子が声を上げるのか。どんなふうに刺激をすれば、真理子のまつ毛がせつなく震えるのか。それらを確かめながら、唇や舌が動いている。 「ふぁ、あ、あ……」  耳に触れていた唇が首に落ち、カットソーの下に手のひらが這い込んだ。大きな手はまっすぐに真理子の胸に伸びる。乳房を掴まれると、節くれだった男の指の形に、やわらかなそこが従ったのがわかった。 「ああ、真理子」  呼び声の中に、愛おしい、という感情が混じっている。それがひどくうれしくて、真理子は浅くあえぎながら、男の名前を呼んだ。 「んぁ、あ……、琉偉」  褒めるように、やさしいキスが顎に触れて、真理子はそっと目を開けた。半月型に細められた青い瞳と視線がぶつかり、胸がぶわりと温かく膨らむ。母性愛に似た感情が真理子を包み、もっと彼にそんな顔をさせたいと、真理子は口を開いた。  舌を絡ませながら琉偉の頭を抱えると、琉偉は片腕を真理子の腰に回して支え、もう片手で乳房を掴み、やわやわと揉みしだいた。 「んぅ、ふ……、ぁ、んっ、ん」  真理子は琉偉のキスと愛撫に酔いしれて、なにもかもを彼にゆだねた。
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