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はじめまして、ご主人様

「こんなもんかな?」  魔法陣を書き終えると、カッターナイフで人差し指を切り、流れた血を数滴、魔法陣の上に落とした。じわりと円の中に広がる赤に、興奮が湧き上がる。 (さぁ、淫魔さん出てきてちょうだいな)  ボロボロのページに書かれた呪文を、一言一句、まどかは間違わないように読み上げた。こみ上げてくるこの感情の名前は分からない。それでもまどかは、まだ見ぬ世界に期待していた。  程なくして、魔法陣からわずかに煙が上がった。火の気はないが、スモークのように紙の上をモクモクと上っていく。少し寒気を感じる風が、まどかに当たり通り過ぎていった。  その刹那。 「――っ!」  眩しすぎる閃光に、まどかは目を閉じて腕で隠した。これがアニメなら、大音量の効果音がついていただろう。体感時間は少し長く感じたが、その光が消えるとゆっくり目を開いた。 「はじめまして、ご主人様」 「っひ!」  そこには、本の図解に書かれていた通りの姿をした異形、もとい淫魔が立っていた。出てこいと願ったが、まさかあの本が【本物】の方だったとは。 「ど、どちら様ですか……?」 「貴方に呼んで頂いた名無しの悪魔です」 「あ、悪魔……?」 「そう、性に関することなら何でもお任せあれ、の悪魔で淫魔です。どうぞ、貴方さまの好きな名前をつけて使い魔にして下さい」 「使い魔……」 「えぇ、何なりと、ご主人様」  にこりと柔和な笑みを浮かべて恭しく頭を垂れる姿は淫魔と言うより執事のようだ。まどかはまだ信じられないという顔でポカンと見上げる。貸出カウンターの上に立つ淫魔自身も高身長で、下げた頭もまどかの視線よりずっと上にあった。 「……とりあえず、そこカウンターだから降りて」 「おや、これは失礼致しました」  あくまでその物腰は変えず、軽々とカウンターから飛び降りた淫魔に、まどかは渋い顔を向けた。 「はて、ご主人様、なにか?」 「……とりあえず、呼んだのは確かだけど、まだ信じられないの」 「あぁ、魔族はみんな、このような感じですよ? その本の通りのこともあれば、全く違うこともありますが、本を手に入れる資格のある者のもとに本が渡るのは必然ですから」  手に取った貴方はラッキーです、と淫魔は微笑んだ。 「対価はないの?」 「いただきません。しいて言えば、性行為の最中に貴方から溢れる精気――フェロモンをいただくだけですよ」 「やっぱり」 「と言っても、わたくしだけが気持ちいい思いをするわけにはいきませんので、ちゃんと奉仕させていただきます」 「ふーん……」  まどかはチラリと淫魔の顔を見上げた。そこらの男と違って、整った顔をしていると思う。悪魔は召喚した人物の想像で造られると聞いた。自分がこの顔を思い浮かべた覚えはないが、イケメンに越したことはない。今まで見てきた役所の男はみな、枯れたおっさんばかりで、眉目秀麗に憧れがあるのも確かだ。 「わかった、契約しましょう。期間はあるの?」 「いえ、特に設けておりません。要らなくなれば、召喚した用紙を粉々に破いていただければ」 「なるほど。じゃあお願いする……ただし、仕事が終わってないと明日困るから、先に終わらせていい?」 「もちろんです、ご主人様」 「ご主人様はやめて。私は橘まどか……まどかでいいわ」 「はい、まどか様」 「様もいらない」 「かしこまりました、まどか」
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