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1、志乃は本名じゃない

こんにちは。 私の名前は志乃。年は24歳、職業は居酒屋で接客。 この仕事を始めたのは3年前、その前は15歳から21歳まで風俗で働いてたの。 お金はたくさん貰えるから良かったけど、若い子がどんどん増えて、20をすぎた私はおばさん扱いされてた。 そんな職場が嫌になって、風俗から引退。 仕事を探したけど、中卒の私を雇ってくれるところなんて無かった。 でも、風俗の時のお客さんが経営してる居酒屋においでって言ってくれたの。 それで、そこに3年間お世話になってるってわけ。 「志乃ちゃん、おはよう」 「優花さん、おはようございます」 「志乃さん、昨日はありがとうございました!」 「気にするなって、先輩には奢られとけ」 志乃ちゃん、志乃ちゃん、志乃ちゃん。 毎日呼ばれるこの名前が私は大嫌い。 志乃は風俗で働いてた時の源氏名。 ここの居酒屋はあだ名を名札に書いて、付けるという決まりがある。 オーナーと風俗の時に知り合ったから、その方がいいって言われて志乃に。 もう風俗から卒業したんだから、志乃なんて名乗りたくなかったけど、仕方なくね。 「志乃先輩っ!おはようございます〜」 「おはよ、水希。なんだか今日はご機嫌だね」 「今日いい感じの男の連絡先GETしたんですよ!ホントに私のどタイプで〜」 「はいはい、そんなことだろうと思ってた。水希のその手の話何回聞いたことか」 「もぉ〜先輩はそうやって私の話聞かないんだから!」 水希は可愛い私の後輩。 憎いところも沢山あるけど、結果的に憎めない可愛いやつだ。 「あ、先輩。今日新人君入るの知ってます?」 「あーそう言えば今日だっけ」 「前に面接来た時にチラッと覗いたんですけど、イケメンだったんですよね」 「あんたが見る人はみんなイケメンなんだね。ストライクゾーン広いねーあんたは」 「そんなことないですよ!」 仕事しなさいと水希を叱り、私もお店を開ける準備を始める。 お客さんが食事をするテーブルを拭いて、掃除機をかける。トイレを確認。お茶を作り、窓を拭く。 いつもと変わらない、開店前の準備。 もう何百回と繰り返したのだろう。 「志乃、ちょっと来い」 オーナーに呼ばれ、スタッフ室に入る。 「今日から志乃の後輩になる伊織くんだ。あだ名は響。教育担当を志乃にお願いしようと思ってるが、いいか?」 いいか…じゃないでしょ。拒否権なんて私に 用意されてないもん。 「わかりました。よろしくね響。私は志乃よ」 「よろしくお願いします」 「志乃、響を頼んだ。後今日いつもの場所で待ってるよ」 「…はい」 オーナーは響を残し、スタッフ室から出ていった。 いつもの場所か…嫌だな、私もう風俗は辞めたはずなのに。 「改めてよろしくね、響。私のことは志乃先輩でも志乃さんでもなんとでも呼んで。わからないことは私に聞くように」 「はい」 「最初は緊張すると思うけど、そんなに力入れなくていいから。最初は誰でもできないものだからね!」 風俗で働いてて良かったことは、コミュニケーション能力が身についたこと。 それは今でも役に立ってる。 「お客さんのところに行ったら失礼します、さがるときも失礼しますっていうの。声は大きすぎても小さすぎてもダメ」 接客するのに、最低限のことを教えていく。 接客の仕方、料理の起き方、飲み物の作り方、お会計の仕方。 初日からたくさん教えても覚えられないから、少しづつゆっくり教えていく。 「じゃあ、接客してみようか。後ろから見てるね」 「はい」 ぎこちなさはあるけど、あまり緊張してないみたい。 これは育てがいのありそうな子だね。 「お疲れ様!今日はこれで終わり」 「お疲れ様です」 「あんまり喋るのは得意じゃないのかな?全然話してくれないね」 「話せないわけではないんですよ」 「そう、あまり話さないからてっきり口下手か女の人が苦手なのかと」 「苦手なんかじゃないですよ、むしろ好きですよ。女の人は」 話したと思ったら女の人が好きだって。この子面白い子みたい。 「なら、私のことも好きなの?」 面白い子は遊びたくなるのが、私の性格。年下の男の子は遊びがいがあって、好きなんだよね。 「もちろん、女の人は好きと言ったでしょう。ですから志乃さん、このあとご飯行きませんか」 「バイト初日に先輩誘うなんて、その度胸は褒めてあげる。お誘いは断るけどね」 面白そうだから誘いに乗ってあげてもいいけど、このあとはオーナーとの予定があるから。 その誘いを断ったら、私はここで働けなくなる。 オーナーからしたら、私はまだ風俗嬢なんだから。 「あ、オーナーと予定があるみたいですもんね。でも、嫌なら断ればいいんじゃないですか」 「…嫌?」 「あの時の志乃さんの顔、暗かったから嫌なんだなって」 この子、周りのことちゃんと見てる。観察眼が優れてる。 「当たりかもね、でも私には事情があるの」 「その事情を聞いてもいいですか」 「詮索する男はモテないものよ」 「知ってますよ、でも志乃さんは好きでしょ?こういう男」 「随分知った口聞くのね」 面白い子ではあるけど、好きじゃないな。 生意気な男の子より、可愛げのある男の子が好きだもん。 「じゃあ、私はもう帰るから。お疲れ様」 「志乃さん、待って」 だから、その名前すごく嫌いなの。そんな名前で私のこと呼ばないで。 「私を呼び止めたいなら、本名で呼び止めなさい。志乃は源氏名。私この名前大嫌いなのよ」 カツカツとヒールを鳴らし、店の外へでる。 なんなの、あの生意気な後輩は。 自分の立場が分かってないお子ちゃまな年下は好きじゃない。 次からちゃんと立場を教えてあげないと。 …その前に私は私の立場をわからないと。 中卒で風俗という立場にいるんだって。 私はこの立場から逃げられないんだって。
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