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初夜:1

 ファリカは、ヴァレンシュタイン王国の武門の長、ターレンス侯爵家の娘として生まれた。  兄が王太子ミハエルの乳兄弟だったおかげで、ファリカも幼い頃から王太子に可愛がられてきた。  王太子がファリカに向ける愛情は、とても厚かった。おのれの娘を王太子の妃の座に押し込みたい貴族たちから、ファリカが白眼視される程に。  『武の貴族に過ぎぬターレンス家の娘が、未来の魔導王の妃になどなれるものか』  皆、王太子に溺愛されているファリカのことをそう噂し、中傷した。  残念ながらヴァレンシュタイン王国は、魔力を持つ人間が貴族階級を独占し、魔力を持たぬ人間は軽んじられがちな国柄である。  しかしファリカの生まれたターレンス侯爵家は、魔力を持たぬ血筋でありながらも、王国最強の『天龍騎士団』を代々率いてきた、武の名門たる家柄であった。  ターレンス侯爵家に対する貴族階級の評価はまちまちであった。  その武勲を正しく評価してくれる者もあれば、『武人は魔道士よりも格の劣る存在である。ターレンス侯爵家は、ヴァレンシュタイン王国を守るための有用な駒の一つにすぎない』などと軽んじる者もいた。  ヴァレンシュタイン王家は、魔力の有無で人間を差別することを強く禁じている。  国民全体のほんの一握りを占めるに過ぎぬ『魔力持ち』の人間を優遇し過ぎること無く、国家を平穏に統治していきたい、という方針を明確に打ち出している。  だが、王家の指示に従わぬ『特権意識』の持ち主は何時の時代にも幅を利かせているものだ。ミハエルに愛され可愛がられ続けているファリカなど、彼らにとっては中傷のちょうどいい的だった。  『魔力もないのに、ちょっとかわいい顔をしているからと言って、王子に愛想を振りまいて。将来は愛妾にでも収まる気か。ガキのくせに知恵だけは回るのだな』と。  だがファリカは、どんな悪口を言われても我慢できた。  銀の髪の美しいミハエル王太子が、いつもファリカに微笑みかけてくれたから。  ミハエルがファリカと兄をとても大事にしてくれ、『お前たちは僕の宝だ』とはっきり口にしてくれたから……。 「大好きだよ、可愛いファリカ。僕のお姫様」  美しいミハエルは事あるごとにファリカにそう囁きかけ、両親のいないファリカに、ドレスや人形を贈って甘やかしてくれたものだ。 「僕が信じられるのはエルネストとファリカだけ。僕が愛しているのはお前たちだけだ。お前たちさえ居てくれれば、僕はずっと幸せだよ」  信じられないくらいに澄み切った空色の瞳を輝かせ、ミハエルは事あるごとにファリカにそう囁きかけてくれた。  周囲の大人がファリカとミハエルを引き離そうとしても、彼は頑としてそれを受け入れなかった。 「お前たちがなんと言おうと、ファリカは僕にとっては一番大事な存在だ。僕の判断に余計な干渉は許さない」  そう断言するまだ幼いミハエルに押され、大の大人たちですら、ファリカをミハエルから遠ざけようとはしなくなった。  そうやって長い間、『ヴァレンシュタイン一の魔導の天才』『この国で一番美しい王太子様』と讃えられるミハエルの愛は、ファリカが独り占めしてきた。  だが、ファリカは十七の誕生日まで知らなかった。  肉親ではない男の愛情が、ただの優しさでは終わらないこと言うことを。 「あ、あ……帰らないと、お兄様に……叱られ……」  王太子ミハエルの豪奢な寝台の上で、ファリカは真っ白な肌を晒したまま震えていた。  何故こんなことになったのだろう。  兄に言われたとおりに、大好きなミハエルを尋ねてきただけなのに。  『殿下に十七になったお祝いをしてもらえ』と言われ、胸を弾ませてやって来たのに……。 「叱られないよ。お前を僕の部屋に寄越したのはエルネストだ」  怜悧な声が、ファリカにそう告げた。  ファリカのドレスは太腿まで捲り上げられ、胸のリボンは解かれている。  せっかくのおしゃれをこんな風に台無しにしたのはミハエルだ。  彼がファリカを寝台に押し倒し、キスをして、こんな真似をした。  普段はきっちりと着つけている装束は乱れ、ミハエルの引き締まった体がむき出しになっている。  いつものミハエルと違う様子に、ファリカは怯えたままシーツを強く握りしめた。  だが脚の間にミハエルの体が割り込んでいて、丸出しになった脚を隠すことも出来ない。  ミハエルの銀色の髪は乱れ、秀麗な額に降りかかっていた。こんなに余裕を失ったミハエルを見るのは、ファリカにとって初めての事だった。 「愛している、はちみつ色の髪の僕のファリカ」  いつもと同じ甘く優しい言葉が、異様な熱を帯びてファリカの耳に届く。  ミハエルが囁くたびに、ファリカの首筋に吐息がかかり、肌をそっとくすぐる。  止まらないファリカの震えをなだめるように、ミハエルの大きな手が優しく髪を撫で、頬に触れ、そのままそっと腰に回った。 「ファリカだけは連れて行きたいんだ」 「連れて……行く……?」  不思議な言葉だった。  ヴァレンシュタインの王太子であり、その才能を国中に高く評価さファリカいるミハエルがどこへ行くというのだろう。 「ねえファリカ、僕が何者になったとしても、お前は僕についてくるか?」  僅かに体を離し、ミハエルが空色の瞳でファリカの顔を覗き込む。  たくましい体に組み敷かれて怯えていたファリカは、真剣なその顔にハッとなり、彼をじっと見つめ返した。 「はい、ご一緒したいです……」  魔導大国ヴァレンシュタインの未来の王者と、その臣下の家系に過ぎぬ『武家』の娘。  ファリカとミハエルの間に幸福な男女の未来など待っていない事は、他ならぬファリカ自信が一番良く知っていた。  ミハエルが望んでくれても、大貴族がファリカの王室入りなど許さないだろう。  でも、ミハエルの側にいたいというファリカの気持ちは、一度も消えたことがない。  ついて来いと言われたら、どこにでも行く。彼が王太子であろうとなかろうと、側に居られるのならばずっと共にありたい。 「ミハエル様の行くところに、私も、行きたい……です」  そう答えた瞬間、ミハエルの温かな唇が、ファリカの震える唇を塞いだ。  突然の接吻に、ファリカの胸が苦しいほどに高鳴る。ファリカを掻き抱くミハエルの胸もまた、同じくらいどくどくと高鳴っていた。  その熱を帯びた舌がファリカの小さな口腔に割り込み、焦らすように舌先を舐める。  ミハエルは何を始めたのだろう。舌を絡め合おうとでも言うのだろうか。  ファリカは必死に頭を働かせ、できるだけ声を漏らさないように、そっと舌先で答えてみた。  ミハエルの片手が、不器用にファリカのドレスの胸を結び留めるリボンを解こうとする。  ファリカは慌ててその手を抑えた。このリボンを解かれたら、服がはだけてしまう。何度か振り払っているうちに、ミハエルが唇を離して呟いた。 「ファリカ、手を離してくれ。これを脱がせたいんだ」 「い、いや……ッ」  今は暑い季節だ。ドレスの下には薄い下着しかまとっていない。肌がすけそうな薄衣一枚の姿を、誰が晒したいものだろうか。 「僕も脱ぐから」  いつもの沈着さをかなぐり捨てたような声音に驚き、ファリカは手を止めた。  「ミハエル様……?」 「初めからこうすればよかった」  ファリカに覆いかぶさったまま、ミハエルが呟く。同時にファリカの汗ばんだ肌にまとわりついていた布の感触が失せる。  ――え……?  愕然としたファリカは、次の瞬間胸を抱いて小さな悲鳴を上げた。 「い、いやああああっ!」  なぜ一糸まとわぬ姿にされているのだろう。ミハエルに組み敷かれたままだというのに、ファリカの衣装は全て取り去られている。  ガタガタ震えながらファリカは悟った。ミハエルが魔法で、ドレスだけをどこかに転移させたのだ。なんという魔法の制御力だろう。  だがそんなことを言っている場合ではない。 「あ、や、やあっ、服が、服……」 「僕も脱ぐって言ってるだろう」  泣き出したファリカの様子に焦ったのか、ミハエルが起き上がって、上着とシャツを同時に脱ぎ捨てた。  裸身を隠そうと脚を閉じ合わせ、胸を覆って泣きじゃくっていたファリカは、目の前に晒された引き締まった裸身に、驚いて泣くのをやめた。 「……お前が泣いても、怒っても……絶対に止めないからな……」  羞恥のあまり凍りつくファリカの脚の間で起き直ったまま、ミハエルが呟いた。  いつもは穏やかな空色の瞳は青黒く陰り、ファリカの体に向かって伸ばされた指先は震えていた。 「っ、やあ、っ、見ないでぇ……ッ、おねが……い……見ないで……」  乳房を隠そうとする手を掴まれ、ファリカは涙で濁った視界で懇願した。恥ずかしくてどうにかなりそうだ。何故こんな破廉恥な姿でいることを望まれているのだろう。 「ファリカ、今日お前に僕を全部あげる」 「……え……?」  その言葉に驚き、ファリカは動きを止める。  ミハエルの指が、乳房を隠そうと必死のファリカの指をそっと引き剥がす。 「だからお前も、全部僕にくれ。今日から僕はお前だけのもので、お前は僕だけのものだ」  静かな声と同時に、ミハエルの肩の上に青白い光の玉が浮かび上がる。  ――王炎……?  ファリカは言葉を失い、篝火のような光の玉をじっと見つめた。  この光は、魔力に恵まれた偉大なる王家の象徴。命そのものと言っても良い、魔力を具現化した炎だと聞いている。  王族がその光を表に顕すのは、高貴なる彼らが、誰かに『誓い』を立てるときだけだと……。  シーツを握りしめていたファリカの手が、ふわりと操られるように持ち上げられた。  その指に、ミハエルの『王炎』が小鳥のように留まる。 「……これをやる。お前と僕が運命をともにするという誓いの証だ」  言葉と同時に、『王炎』が掻き消えた。ファリカの薬指には、細い光の輪が嵌っている。  やがてその光は金属の形を取り、ファリカの薬指にしっくりと収まった。 「僕は今日から、僕の一部であるお前を守る。その指輪は、離れていても僕の代わりにお前を守ってくれる」  ミハエルの魔力によって繰り広げられた幻想的な光景に、思わず声が漏れる。 「あ、きれい」  指に嵌った虹色の金属を見つめ、肌を隠すのも忘れてファリカは呟いた。  武門の出であるファリカは、ほとんど魔力を持っていない。これほどの魔法を目のあたりにするのは、生まれて初めてだ。  ファリカを見つめていたミハエルが、無防備な裸体に覆いかぶさる。 「……馬鹿だな、綺麗なのはお前だ」  突然押し付けられたミハエルの素肌の感触に、ファリカは絶句した。  首筋にミハエルの唇が押し付けられる。  ファリカの手首の自由は、おそらくミハエルの魔力であろう、見えない力で奪われた。  無防備に晒された乳房を、ミハエルの手のひらが不器用に弄る。 「……本当に、見た目以上に柔らかいな……」  しみじみとミハエルが呟いた。  耳朶を震わせるその声音に、ファリカのこわばった体の芯が、びくりと疼く。  己の体の反応に驚き、慌てて閉じようとした膝もまた、見えない力で拘束されてしまう。  恋しい男の前に恥ずかしい姿を晒してしまい、ファリカは首を振って悲鳴のような声で懇願した。 「ミハエル様、見ないで」 「見せろ」  ミハエルが上ずった声でそう呟き、無理矢理に開かれたファリカの足の間に手で触れた。 「ダメ……ッ!」  思わずファリカは悲鳴を上げる。 「ミハエル様、ダメです、お手が汚れます……ッ!」 「静かに」  ファリカの首筋に顔を埋めたまま、ミハエルが呟く。  命じられたように口をつぐもうとするのだけれど、恐怖と羞恥で声が漏れてしまうのは押さえられない。  震えるファリカの蜜口の縁を躊躇いがちになぞっていた指先が、ゆっくりとぬかるみに沈んだ。
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