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2-3:逃げられない二度目の夜

 その日の仕事は悔しいことに早く終わってしまった。どうせなら終電さえ見逃すくらい残業があればよかったのに。そうすれば私は菅原と約束を果たさずにすんだ。  だけどそんなことになったらこいつはまた脅すに決まっている。  ……でも、別に覚えられていてもいいんじゃない?  こいつが覚えてたからなに? どこかに言いふらすならまだしも、さすがにそこまで品のないことをするようなヤツじゃないはずだ。存在そのものが下品だとか、そういうのはとりあえず置いておくとして。 「店、ここね」  はっと顔を上げる。  いつの間にか菅原に連れられて来ていたそこは、普段の私にまったく縁のないおしゃれなバーだった。  どこか古さを感じさせるジャズが流れ、店全体がぼんやりと薄暗い。  客は何人かいるけれど、年齢層は様々。女性もいれば男性もいる。ただ、男女で来ている客はどうもあだっぽい雰囲気を漂わせているように見えた。  恋人なのか、それとも。あんまりそこは考えないようにする。恋人にしか見えなかったら、私と菅原だってそう見えてしまうかもしれない。そんなのはお断りだ。  特に店員が出てくるわけでもなく、菅原は奥の方の席へと私を導いた。  テーブルの上には本物のキャンドル。それだけが私たちの灯り。  メニュー表はあまり大きくない。薄暗いせいで見やすいとは言いづらかった。 「お前、なに飲む?」 「……コーラ」 「子供かよ」 「じゃあ、カンパリオレンジ」 「女子って感じだな」 「なに選んでも文句言うんじゃない」 「ははっ、そうだな」  なにがおかしい! と言いたいのを飲み込む。  菅原はビールを。私はカンパリオレンジを頼んで、また微妙な時間が訪れた。 「あんた、こんなおしゃれなバー知ってんのね」 「まぁな」  短く答えて、私をちらっと見てくる。 「彼女と来るならここって決めてた」  ……彼女、ね。  確かに男同士で来るよりは女性と来た方がよさそうな店に思える。雰囲気があるし、テーブルを挟んでの距離も近い。こんな場所で一緒にちょっとした大人の時間を楽しめる相手なんて、私の方が欲しいくらいだ。 「あんたにしてはいい趣味なんじゃない? 私、こういうとこ好きだよ」 「……ばーか」 「はぁ?」  椅子に頬杖をついた菅原が、なぜかものすごくむっとしている。  キャンドルの火に照らされた顔は、炎の色を受けて赤い。照れてるんだとしたら面白かったのに。
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