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第3話

それに気づいたのは、昼休みになってからだった。 いつものように左手の薬指に触れた指が、そこに在るはずのものを見つけられずに宙を彷徨う。 「えっ」 思わず声を上げてしまうほど、私は動揺していた。周囲の視線も気にせず、鞄をひっくり返す勢いで検める。小さな銀色の輪っか。そこについている青灰色の石を思い出しながら、けれどそれは手元にはない。ポケットまでひっくり返して、私は記憶をたどる。 ――ホテルの洗面台……! 一夜を明かしたラブホテル以外に、思い当たる場所はなかった。顔を洗っているときにあの男が急かしたから、そのまま置きっぱなしになってしまったのだ。 すぐにスマートフォンでホテルの名前を検索しようとして、名前を思い出せないことに狼狽する。手が、大げさなほど震えていた。心臓がどっどっと耳の内側で鳴っているような気がして、私は小さく深呼吸しようとした。吐息は震えている。 何とか駅名でホテルの検索をかけ、立地からそれらしいラブホテルの名前を探り当ててようやく少し安堵した。 「花岡さん、顔真っ青ですよ? 大丈夫ですか?」 「……大丈夫よ……ありがとう」 同僚からそんな声をかけられながら、私は席を立つ。誰もいないフロアの片隅で、ホームページにあった番号へ電話をかけた。 「……はい。ホテル・ワンドです」 電話に出たのは、ラブホのフロントらしくやる気のなさそうな男だった。定型文をなぞっていると言わんばかりの低い声に、忘れ物として届けられているのか不安な気持ちがゆるりと大きくなっていく。 「あ……あの。今朝、そちらに忘れ物をしてしまったようなんですが……」 「忘れ物、ですか……」 「指輪なんですけど……あの、届いて、ませんか……?」 電話の向こうで、息を呑むような気配があった。次いで、思い出したように呼吸をする音。 「何色の、石ですか」 間を置いて聞こえて来たのは再び事務的な声音だ。青灰色ですと迷いなく答えると、男は言った。 「それなら、フロントに届いてますよ」 「本当ですか!?」 思わず声が大きくなってしまい、慌てて謝る。安堵からへたり込んでしまいそうな心地で、夕方取りに伺いますと告げると、男はお待ちしておりますとだけ告げて電話を切った。 軽くなった肩を上下させて、ゆっくりと深呼吸する。失くしたわけではなかった。そのことに心底安堵しながら、それでも手元にないことに一抹の不安を感じながら、私はなんとかいつも通り午後の業務に向かうことにした。
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