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第2話

4年前に旦那ーー花岡忍が亡くなってから、私の胸には冷えた鉄の杭が刺さっている。26歳になった今もそれは抜けないし、何かをしていないとそれは酷く痛むのだった。 昼はいい。仕事をしていれば、胸の痛みには意識がいかないから。けれど一人の夜はどうしてもダメだった。気を抜いた一瞬、思考が無に陥った瞬間。それはじわじわと私を蝕んだ。忍の死が、その原因が、ゆっくりと私の意識に浮上してくると、私の胸は冷えきって、裂けそうなほどに痛んだ。それは物理的な苦痛ではなく、どちらかといえば精神的に私を追い詰める痛みで、私の心を緩やかに死に近付けるのだ。 飲み屋で女が一人、酒を飲んでいるだけで声をかけてくる男は結構いる。今日の男だってそのタイプだ。夜を凌ぐために、私は自分の性別すら利用した。 けれど誰でもいい訳では無い。私が体を許すのは、いつも忍に似ていない男。そうでないと、私は杭を温めることもできなかった。 「花岡さんすみません! 俺朝ミーティングで……!」 指輪を外し、洗面所で顔を洗っていると後ろから慌ただしい声が聞こえた。まだ朝の七時だったが、彼にもいろいろ準備があるのだろう。ロマンティックな気分を求めていたわけではないが、余韻も何もない余裕のなさになんとなくこの男はモテないだろうな、と思った。 さっとスキンケアを終えると軽く化粧をし、床に広がっていたブラウスとスカートを身に着けた。男は鏡に向かって髭を剃っていた。 男とはホテルの前で別れた。聞いたはずの名前も、肌に触れた感触ももう忘れてしまった。おそらくもう二度と会うこともないだろう。 ヒールの音を響かせながら、私は微妙な時間と会社への距離を考える。晩夏の気候は散歩にはちょうどよさそうな気候で、私は一駅分歩いて会社へ向かうことに決めた。
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