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第42話 七章 3

 まどろみにも似た心地よさの中、亜紀はベッドに横たわっていた。  ほっそりとした手足は投げ出されたままになっている。全身はほのかに赤みを帯びていて、汗でしっとりと濡れていた。うつろな目はどこともつかないところに向けられ、ただ宙をさまよっている。  力が抜けた両脚のあいだから、和明がすっと指を抜き抜いた。その指先は、しっかりと濡れていた。てらてらとした粘着質な光を放つ指先をひと舐めすると、和明は女体から体を離す。そして、横たわる彼女を抱き起こし、手早くブラジャーを外したあと、唇を重ねながら再び覆いかぶさった。  ゆっくりとした動きでシーツの上に倒される。まるでそれを待ちわびたように、亜紀は逞しい背中に腕を回した。それは全くの無意識の行動だった。しかも、それだけではない。亜紀は進んで舌先を伸ばし、和明の唇をペロリと舐めた。それに驚いたのか、和明が目を大きくさせる。だが、すぐに気を取り直したのか、口付けを深くした。硬い体に押さえ付けられた柔らかな乳房が押しつぶされる。  亜紀の背中に添えられた大きな手が、するすると腰へ下りていく。そしてショーツにたどり着くと、その手を中に差し込んで、そのまま器用にするりと取り払う。その後、膝を立てた両脚のあいだに、和明は体を割り込ませた。くったりと力が抜けた脚は、それを容易に迎え入れる。  すると突然、和明が唇を離した。濡れた唇に掛かる息がすっかり乱れていることに気づき、眇めた目で和明を見ると、熱を帯びた目を向けられていた。向けられた瞳の奥にある静かな劣情を感じ取り、亜紀はごくりと喉を鳴らす。  首筋に顔を埋められ、そこから胸元へと絶え間なく唇を押しつけられた。触れられたところに生じた熱が、砂が水を吸うように肌の下へと吸い込まれ、体の内側に溜まっていく。体内に溜まる一方の熱のせいで、息苦しくなってきた。  亜紀が熱を吐き出すように浅い呼吸を繰り返しているあいだに、和明は彼女の乳房を両手で掬うように寄せ上げ、あいまに顔を埋めた。大きな手がその感触を確かめるように、やわやわと揉んでいる。その姿は以前にも見たことがある。和明の部屋で初めて抱かれたときだ。亜紀は熱に浮かされたようになりながら、その光景を見つめていた。  幼子《おさなご》が母親に甘えるようにしている姿を見ているうちに、どうしようもないほど愛おしさを感じてしまう。絶頂の余韻が残る体は、女の反応を示している。乳房を揉みし抱かれるたび、双丘のあいまに温かな呼気がかかるたび、確かに体は熱を帯びる。それなのに、心はそうじゃない。母のような優しい気持ちになっていた。体と心が異なる反応を示していることに違和感を抱かないでいられるのは、目の前にいる男を愛しているからだろう。亜紀は和明の乱れた髪に手を伸ばす。指をくぐらせ頭をそっと撫でると、両の乳房の合間に強い痛みが走った。 「ん……っ」  予期せぬ痛みが走ったことで、亜紀は声を詰まらせる。彼女の視線の先にいる和明が、そろそろと体を下にずらし始めた。乳房のふもと、そして形のよい臍。そこへ音を立てながら吸い付き、更に下へと下りていく。  和明が体をずらすと同時に、彼を挟み込んでいるむっちりとした腿が開いた。乳房を持ち上げていた手が、それを更に押し広げる。そこへたどり着き、開いた腿の内側に和明が唇を押しつける。そのとき、和明と目が合った。熱っぽい瞳を向けられる。その姿は、得も言われぬ程扇情的なものだった。亜紀が見つめる先で、和明が柔い内ももに歯を立てる。痛みはない、軽く食まれたような感触だった。  そして、唇が腿をたどってゆっくりと下りていく。その様子を追うと、脚の付け根にたどり着いた。亜紀はとっさに身構える。その直後、空気に晒されたところに熱いものが触れた。それが舌だと頭が理解する前に背が勝手にしなり、開いた唇から声にならない吐息が漏れた。舐められたところが、勝手に疼き出す。  強烈な快感ではないけれど、断続的に与え続けられる微弱な快感ほど辛いものはない。亜紀は全身を上気させながら、掴んだシーツをぎゅっと握り締めた。汗で髪が張り付いた喉をのけぞらし、枕に頭を押しつける。潤んだ瞳は焦点が定まらず、開いた唇からは絶え間なく吐息と喘ぎが漏れていた。  肉厚な舌に舐め上げられるたび、疼きはますます酷くなった。絶え間なく淫蜜が漏れ出すところは、すっかり充血しふっくらと盛り上がっていた。溢れるものをひとしきり舐め取られたあと、尖った舌先が柔らかい肉をかきわけながらゆっくりと差し込まれる。その感触に驚いて、亜紀はとっさに腰を引こうとしたけれど、尻を掴んでいる大きな手がそれを阻む。  どうにかして逃げようともがく亜紀の秘所に口淫しながら、和明は穿いているスラックスを器用に脱ぎだした。続いて下着も取り払うと、すっかり硬くなった雄があらわになった。隆々とそそり立つそれは、腹にくっつきそうなほど反り返っている。根元からは太い筋が浮き出ており、どくどくと脈打っていた。しみ出したしずくが、先端をわずかに濡らしている。それを手で支え持ちながら、和明が顔を上げた。  浅い呼吸を繰り返す唇は、愛蜜で濡れている。亜紀がシーツを握りしめていることに気づいたのか、和明は両手を伸ばし小さな手を握りしめる。そして、再び顔を埋め、尖らせた舌を差し込ませた。音を立てながら抜き差しを繰り返す。小さな手が大きな手を強く握りしめる。  抜き差しをされるたび、腰から力が抜けていく。肩に担がれた脚は、その動きに合わせて痙攣ばかり繰り返す。丸まったつま先が宙を掻いた。亜紀は顔を恍惚とさせながら、鼻に掛かった甘い声ばかり漏らしている。  するとそれまで舌を抜き差ししていたところに、細い指がすっと差し込まれる。そして、包まれていたものから顔を覗かせている肉芽に、熱い舌が這わされた。  敏感な突起をなぞっていた舌先が、急にそれを押しつぶした。それだけでなく、形のよい唇がふくらんだものを挟み、強い力で吸い上げる。差し込んだ指は抜き差しを止めないばかりか、亜紀の弱いところを責め立てる。  二つの異なる刺激が突然襲いかかってきて、亜紀は目を大きく見開いた。指を絡ませた大きな手を強く握りしめると、それに応えるように握り返される。それとほぼ時を同じくして、強烈な快感が押し寄せてきた。  それは今まで味わった絶頂のものとは明らかに異なっていた。指が中をまさぐるたびに、尿意に似たものがせり上がってくる。未知なる感覚に亜紀はおののいた。だが、指は執拗に彼女を追い詰める。  本能的に体がこわばる。体が勝手に震えだし、膝がガクガクとし始めた。亜紀はぎゅっと目を閉じて、かぶりを横に振りまくる。しかし、その甲斐なく、再び絶頂に押し上げられた。  生暖かいものが腿に掛かった。  それが何であるかすぐに気づいてしまい、亜紀は慌てて抵抗を試みる。だが、いくら足掻いても、腰をしっかり抱かれているせいで身動きが取れなかった。その間、和明の責めは執拗に続いている。どんどん迫る三度目の絶頂に恐れおののき、亜紀は声を限りに叫んだ。 「いやっ! やめて、お願い!」  叫びながら逃げようとしたけれど、すっかり力が抜けた体は思うように動いてくれない。それでもどうにかなけなしの力を振り絞り、無理矢理上体をひねる。柔らかい枕に顔を押しつけて、亜紀は声を殺し泣き始めた。  すると、体を嬲っていた手の動きが急に止まった。ようやく異変に気づいたのか、和明が顔をはっとさせて亜紀の背後へ回る。汗がうっすら滲んだ背中が、小刻みに震えていた。 「あ、亜紀。どうした?」  和明は明らかに動揺していた。泣いている理由が分からないようで、おろおろとなりながら尋ねるが、亜紀からの返事はない。しかし、気づいたのだろう。やり過ぎてしまったことに。困り果てたような表情を浮かべながら、和明は震える肩を包み込むように抱いた。 「すまなかった。調子に乗りすぎた……」  すぐ耳元で聞こえた声は、確かに反省しているようだった。だが、謝られたからといって、すぐに許せるものではない。しかし、汗のせいで冷えた背中を優しく抱かれたせいなのか、体からこわばりが抜けていった。体と心が異なる反応を示していることに気がつき、亜紀はうろたえてしまう。  枕を握りしめたまま、亜紀がじっとしているあいだに、和明が彼女のうなじや肩に唇を柔らかく押しつける。そんなキスをされて、嬉しくないわけではない。だが、キスしている男こそが、自分をここまで追い詰め感情を揺さぶったことに変わりはない。  絶頂に二度押し上げられたせいで、押さえ込んでいた感情が大きく揺さぶられ、亜紀の心は今やすっかり無防備になっていた。その証拠に、滅多なことでは流さない涙を今零している。これほど感情が昂ぶって泣いたのは、あのとき以来だ。  初めて和明の部屋に泊まった翌日、わざわざ着替えを持ってきてくれた森崎。彼女に対し、激しい嫉妬を抱いてしまい、それを吐き出すようにしながら泣き崩れたときのことを亜紀は思い返した。  あのときは、こんなふうになるとは思わなかった。これから先、何が起きるか分からないから不安ではある。だが、幼いときから心の支えになっていた少年と再び巡り会い、今こうして肌と肌を触れあわせている。  たとえこれが計画のひとつであっても構わない。謎はまだ残ったままだけど、それはこれからゆっくり解いていけば良い。どんな理由がそこにあるにせよ、目の前に居る男は自分との未来を望んでいる。だから、こうやって側にいるのだろうから。そう思ったとき、急に胸がじんと熱くなった。新しい涙が頬を伝い落ち、枕を濡らす。亜紀は、ゆっくりと振り返った。 「亜紀……」  申し訳なさそうな表情を向けられた。目に涙を浮かべながら笑いかけると、少しだけ和明の表情が緩んだような気がした。 「すまん。やり過ぎた」  亜紀はふるふると頭を振ったあと、和明の頬に手を添え撫でさすった。  すると、和明がそろそろと覆い被さってきた。唇に温かい呼気が掛かる。  男の熱と逞しい体の重みを全身に感じながら、亜紀は静かにまぶたを閉じた。  揺蕩(たゆた)う湯気の中にいるような心地よさの中、亜紀は目を覚ました。  薄闇の中見えたのは、少しへこんでいる枕だった。それにシーツも乱れている。亜紀はぼうっとしながら、そっと手を伸ばす。ひんやりとしたシーツの感触が指先に触れた。  ベッドサイドに置かれているライトの光が淡く部屋を照らしている部屋は、夜の訪れとともにしんと静まりかえっていた。そんな中、和明がいたであろう場所を眺めていると、どんどんもの悲しくなってくる。それと同時に心が揺れた。  確かに心を決めたつもりだった。どんなことがあろうとも、和明を信じようと。だが、それはもしかしたら、一時の感情に流されただけなのかもしれない。急に後ろ向きな考えが頭に浮かんできてしまいため息をつくと、部屋に広がる闇のように不安が迫ってきた。  亜紀はベッドに横たわりながら、押し寄せる不安に耐える。  そんなとき、突然ドアが開いた音がして、とっさに枕に顔を埋めようとした。  だが、その前に声を掛けられてしまう。 「起きたか?」  部屋が急に明るくなった。寝ているふりができなくなって、亜紀は上掛けをたぐり寄せ体を起こす。火照りが鎮まった肌にひんやりとした夜の空気が触れた。羽織れるものを探そうとしたら、突然何かを肩に掛けられる。  それは、あの水色のストールだった。ふわりと肩に掛けられた羽織り物を前で重ねると、和明がベッドの端に腰かける。眠っているあいだに、シャワーを浴びたのだろう。シャツとズボンを身に着けた体から、ほのかにボディソープの香りがした。その香りに混じって甘い匂いがする。それに亜紀が気がつくと同時に、目の前に木製のトレイが差し出された。その上にあるガラスのボウルには、剥かれた梨やリンゴが盛り付けられている。果実の匂いに気を取られているうちに、そのひとつを口もとまで運ばれていた。亜紀はおずおずとそれを食べる。リンゴの甘さが口いっぱいに広がって、みずみずしい果汁が喉を潤した。  すると突然、体を引き寄せられたと思ったら、唇を押しつけられた。それだけでなく、濡れた舌が差し込まれ、亜紀は目を大きくさせる。不意打ちのキスはさほど深いものではなく、すぐに唇は離れていった。 「甘いな。初物らしいから、そう甘くないかもしれないと思ったが、よかった」  呟くように話したあと、和明は再び腰を下ろし、梨を食べ始めた。 「さっき、八木橋さんに聞いたんだが、蛍はまだ見れるそうだ。と言っても、数は少なくなったそうだが」 「そうなの?」  亜紀は食べていたリンゴを食べ終わったあと、和明に聞き返した。 「そろそろ夏も終わるからな……」  確かに近頃、日の入りが早くなったような気がする。それに夜になれば涼しい風が吹く。亜紀は、和明の言葉を聞いて、季節の移り変わりに気づかされた。  見合いの席で和明と再会したのは、ツツジの花咲く五月のこと。そして夏の初めに結納を交わし、これから秋を迎えようとしている。これまでのことを振り返ってみると、ひとつ季節を重ねるごとに、和明への思いは深くなっていた。リンゴを食べながら和明に目を向けると、どこか遠くを見つめているようだった。その姿を目にしたとき、亜紀は心もとない気分になってしまい思わず視線を下げてしまう。 「浴衣、大丈夫かな……」 「えっ?」  亜紀は、視線を和明に向けた。 「実は、浴衣を用意させたんだが、今日は涼しいから、体を冷やしてしまうんじゃないかと」  ここへ来た本当の目的を思い出し、亜紀は羽織っていたストールを和明に見せるようにわずかに持ち上げた。 「これがあれば大丈夫だと思うわ」 「そうか。それならいい。まずはシャワーを浴びてこい。着替えたら出かけよう」  亜紀が頷くと、和明は部屋から出て行った。
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