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第71話

 生暖かいものが腿に掛かった。  それが何であるかすぐに気づいてしまい、亜紀は慌てて抵抗を試みる。だが、いくら足掻いても、腰をしっかり抱かれているせいで身動きが取れなかった。その間、和明の責めは執拗に続いている。どんどん迫る三度目の絶頂に恐れおののき、亜紀は声を限りに叫んだ。 「いやっ! やめて、お願い!」  叫びながら逃げようとしたけれど、すっかり力が抜けた体は思うように動いてくれない。それでもどうにかなけなしの力を振り絞り、無理矢理上体をひねる。柔らかい枕に顔を押しつけて、亜紀は声を殺し泣き始めた。  すると、体を嬲っていた手の動きが急に止まった。ようやく異変に気づいたのか、和明が顔をはっとさせて亜紀の背後へ回る。汗がうっすら滲んだ背中が、小刻みに震えていた。 「あ、亜紀。どうした?」  和明は明らかに動揺していた。泣いている理由が分からないようで、おろおろとなりながら尋ねるが、亜紀からの返事はない。しかし、気づいたのだろう。やり過ぎてしまったことに。困り果てたような表情を浮かべながら、和明は震える肩を包み込むように抱いた。 「すまなかった。調子に乗りすぎた……」  すぐ耳元で聞こえた声は、確かに反省しているようだった。だが、謝られたからといって、すぐに許せるものではない。しかし、汗のせいで冷えた背中を優しく抱かれたせいなのか、体からこわばりが抜けていった。体と心が異なる反応を示していることに気がつき、亜紀はうろたえてしまう。  枕を握りしめたまま、亜紀がじっとしているあいだに、和明が彼女のうなじや肩に唇を柔らかく押しつける。そんなキスをされて、嬉しくないわけではない。だが、キスしている男こそが、自分をここまで追い詰め感情を揺さぶったことに変わりはない。  絶頂に二度押し上げられたせいで、押さえ込んでいた感情が大きく揺さぶられ、亜紀の心は今やすっかり無防備になっていた。その証拠に、滅多なことでは流さない涙を今零している。これほど感情が昂ぶって泣いたのは、あのとき以来だ。  初めて和明の部屋に泊まった翌日、わざわざ着替えを持ってきてくれた森崎。彼女に対し、激しい嫉妬を抱いてしまい、それを吐き出すようにしながら泣き崩れたときのことを亜紀は思い返した。  あのときは、こんなふうになるとは思わなかった。これから先、何が起きるか分からないから不安ではある。だが、幼いときから心の支えになっていた少年と再び巡り会い、今こうして肌と肌を触れあわせている。  たとえこれが計画のひとつであっても構わない。  謎はまだ残ったままだけど、それはこれからゆっくり解いていけば良い。  どんな理由がそこにあるにせよ、目の前に居る男は自分との未来を望んでいる。  だから、こうやって側にいるのだろうから。そう思ったとき、急に胸がじんと熱くなった。  新しい涙が頬を伝い落ち、枕を濡らす。亜紀は、ゆっくりと振り返った。 「亜紀……」  申し訳なさそうな表情を向けられた。目に涙を浮かべながら笑いかけると、少しだけ和明の表情が緩んだような気がした。 「すまん。やり過ぎた」  亜紀はふるふると頭を振ったあと、和明の頬に手を添え撫でさすった。  すると、和明がそろそろと覆い被さってきた。唇に温かい呼気が掛かる。  男の熱と逞しい体の重みを全身に感じながら、亜紀は静かにまぶたを閉じた。
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