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告白

「なに、話って」 そう尋ねると、彼が表情を曇らせ視線を落とす。付き合って半年になろうとしている恋人は、目の前で顔をこわ張らせていた。 複合ビルの一階にあるコーヒーショップは、ビジネスマンが行きかう通りに面している。とっくに昼を過ぎているにもかかわらず店内はとても賑わっていた。香り高いアロマが漂う中、私と彼は向かい合っている。 彼がこれから何を話そうとしているのか分かるだけに、どんな顔でそれを聞いていいか分からない。それに話を聞き終えた後、彼を愛し続けることができるか分からなかった。 優しい人だ。初めて会った日から、向けられる優しさは少しも色あせていない。ううん。あの頃よりもより温かい優しさを感じるときが増えた気がする。 でもあの日偶然見つけた写真に写っている光景が急に頭の中に浮かんできた。 そしてそれを目にしたとき抱いた感情に対する罪悪感から目を閉じた。そのとき。 「君を愛してる」 彼の声が聞こえてきて、ゆっくり目を開いてみると、思いつめた目で私を見つめている。 「でも……」 その言葉を発した後、彼は静かに目を伏せた。 彼には美しい姉がいる。五歳年上の姉に彼は幼い頃から可愛がられていたということだった。両親を早くに亡くした彼らを引き取ったのは、母方の叔父だった。そしてその叔父は、自分の妹によく似た彼の姉を殊の外可愛がっていたのだという。 だがその可愛がり方は常軌を逸したものだった。そのことに薄々気付いていたが、気づかぬふりを決め込んで過ごしていたある日のこと、彼は見てしまう。その光景は当時高校生だった彼にしてみれば、かなり衝撃的なものだったらしい。 ソファに座っている姉の目の前に跪いている叔父が、差し出された小さな足を大事そうに包み込み、うっとりとした顔でつま先に口づけていて、その姿を彼の姉は満足げに眺めていたという。 その姿を見たとき、彼はそれまで感じたことがない程の強烈な興奮を覚えたということだった。そして下僕のように跪き、姪のつま先に唇を押し付ける叔父の姿を見たとき、彼はその叔父になり替わりたいとさえ思ったという。 その光景を見てからというもの、彼は叔父と姪の背徳的な行為を盗み見ては、自らの欲望を慰めていたらしい。そしてそのようなものを見続けた結果、歪んだ欲望を持つようになっていたということだった。 だから付き合って半年にもなるのに、私たちは肌を重ね合わせたことがない。それまで何度かキスはしたけれど、その先へと進むことがないまま時間だけが過ぎていた。 女として求められないことに対して確かに不安はあった。しかしそれ以外の振る舞いで不安を感じたことはない。でも、抱き合うことでしか埋められないものは確かに存在している。それができないことに対し、不満を持っていたのは事実だ。だけどそれに気づかないふりをしていた。 「君を愛したいのに、愛せない。心ではそうなることを望んでいるのに、体がその状態になってくれないんだ」 苦悶の表情を浮かべた彼が。苦しい胸の|裡《うち》を吐き出すようにしながら告げる。 「努力はしたんだ。あの写真を見た後そうなった状態で君を抱こうとした。だけど――― 「駄目だった、のよね?」 急に話し始めた彼の話を遮るように尋ねると、彼は悲しげな瞳で私を見つめていた。そしてしばらく見つめあったあと、彼が深いため息を吐きだしながらうな垂れた。 その写真を彼の部屋で見つけてしまったのは全くの偶然だった。本棚から実用書を取り出し開いてみると、その中に挟まれていた。その写真に映っていたのは、彼が話してくれたような光景だった。美しい女性のつま先に、落ち着いたたたずまいの男性がむしゃぶりついている。その写真を見たとき、その光景が余りに艶めかしくて、女である私でさえしばらく興奮が鎮まらなかった。 その写真を眺めているとき彼がやって来て、背徳的な光景に興奮していたことを気づかれたくないばかりに、その場を逃げ出していた。 だから彼はなぜ私が逃げ出したのか分かっていないはずだ。 もしかしたら彼が話していた歪んだ欲望に恐れをなして、それで逃げだしたと思っているかもしれない。 だけどそうじゃない。私は彼の姉のようになりたいと感じていた。 「心と体が違う方向を向いていると苦しいわよね」 そう言いながらテーブルの上に置かれた彼の手に、自分の手をそっと重ねた。すると彼がハッとした顔で私を見る。向けられた瞳を見ると、縋るようなまなざしを向けられていた。 「あなたが好き。だからあなたをぜんぶ丸ごと受け止めたいの」 彼にそう告げると、それまでずっと思いつめたような表情を浮かべていた彼が、驚いた顔をする。 そしてすぐにうれしそうな表情を向けられた。 それを見て、多少の罪悪感を感じたが、それ以上に喜びを感じた。 寛大な女のふりをしながら、自らのほの暗い欲望を満たせる喜び。 そのことによって、彼の身も心も全部私だけのものにできる喜びだ。 これで彼は私のもの。彼の心も体もすべて。 そう思ったとき、得も言われぬ程の興奮を覚えたものだった。 体の内側からこみ上げてくるものをどうにか抑えながら、彼の手をぎゅっと強く握りしめると、その手を強い力で握り返された。嬉しそうな顔で彼が声を潜めて話す。 「どんな俺でも受け止めてくれるかい?」 「ええ。あなたを愛しているわ。だからすべてを受け止めたい」 彼の目を見ながらそう告げると、そのとき。 それまで無邪気な子供の笑顔のようだった彼の顔が一変した。 「俺も君のすべてを受け止めたい」 そう低い声で告げた彼の顔には、狡猾な笑みが浮かんでいた。
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