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白い夜に恋して

 更紗(さらさ)と鹿乃子(かのこ)は、二人で一緒にゴールデンウィークを利用してスウェーデンに向かいました。  北欧の国というものに興味があったし、なによりこの国の福祉を自分の目で見たかったのです。二人はとある自治体の職員で、福祉政策に関わる仕事をしていました。  鹿乃子はもう少しで結婚することが決まっていましたが、更紗は旅行前に交際していた男性と別れたばかり。別れた理由は、仕事が楽しくなった更紗を、彼がおもしろく思っていなかったからでした。  大学時代からの付き合いだったその彼は、別れ際に辛い言葉を更紗に投げかけました。 「お前、仕事と結婚できるとでも思っているのか」  その言葉は更紗をひどく傷つけました。でも、仕事に関わるうちに、その言葉は更紗の心の一番奥にしまいこまれます。そして何事もなく毎日が過ぎました。  そんなある日のこと、更紗と鹿乃子は一冊の本を一緒に読んでいました。 [北欧の福祉政策]  自分が関わる仕事のヒントになればと思い、二人はその本を暗記できるようになるまで読んでいました。  そんなある日、休みを利用してスウェーデンに行ってみようと鹿乃子が言い出しました。更紗は驚いてしまい、ただおろおろしています。 「結婚したら、もう二度とこんな旅行はできないから」  寂しそうな顔で鹿乃子は更紗にいいました。その言葉で更紗は思い切ります。ボーナスをつぎ込んで一週間のスウェーデン旅行が決まりました。  そして日本からスウェーデンを目指し、二人は10時間に及ぶ移動をものともせずに向かいました。  目的地のストックホルムまで着くと、二人は1軒の古いホテルへ向かいます。ここはストックホルム中でも、特に有名でも高級でもないホテルでした。ただ、白夜を楽しむ人々は必ずと言っていいほど、このホテルを利用しています。更紗には、旅行にもう一つ特別な楽しみを持っていました。 「白夜を見てみたい」  北欧や地球の一部の地域では、決して太陽が沈まない夜が訪れます。その白い夜を更紗は、ひそかに楽しみにしていました。  フロントにいたホテルの従業員へ声をかけると、白夜について更紗は尋ねました。すると、従業員は困った顔で、ストックホルムのこの時期は、深夜になると暗闇に包まれることを教えました。  それにすこしがっかりはしたものの、わずかな時間でも白夜を見ることができます。気を取り直した更紗は鹿乃子と二人で、スウェーデンならではのおいしい料理を楽しんで、短い旅行を楽しみました。  翌日から二人はストックホルムの街並みを楽しみながら、福祉の現場へ向かいます。学校や病院、そして国の機関へと歩き回りました。なかなか勉強になったと更紗は満足していました。それは鹿乃子も同じでした。  そしてストックホルムに滞在できるのも残り2日となったある夜のこと、更紗はひとりで白夜の街を歩こうと眠っている鹿乃子をおいて、こっそり部屋を抜け出しました。女の一人歩きは、危険が多いことも更紗はわかっています。でも護身用にとボタンを押すと大きな音がなる機械を持って、長い黒髪を帽子に隠しホテルのロビーに向かいました。 「こんな夜遅くにどこまでいくの、お嬢さん。女性の一人歩きは危ないよ」  いきなり声をかけられた更紗は驚いてしまい、その声のほうを振り返りました。するとそこにいたのは、若いともいえない一人の男性で、金色の髪と青い瞳が印象的な人でした。  その人はふ、と微笑みながら更紗に近づいてきます。やさしげな物腰のその人を、更紗は綺麗だと思いました。近くで見ると吸い込まれそうなその青い瞳は、まるで青空のようでした。  でも更紗は子ども扱いをされたような気になって、少しむっとなりました。 「私こう見えても27歳なんですよ? ほら」  更紗は自分のパスポートを手に持って、その人に見せました。 「さら……、さら……さ?」  どうやら更紗の名前は、その人にとっては言いにくいようで、更紗は自分を指差して「サラ」と言いました。  その人はぱあっと顔をほころばせ、「サラ」と優しい声で話します。更紗はその名前を聞いて、なんだか恥ずかしくなりました。その理由はといえば、自分の名前ではない名前、ただの呼称のようなもの、だけどその人はなぜ大事な人を呼ぶように口にするのだろう。 「よかったら、散歩に付き合っていただけますか?」  すると恥ずかしそうな顔でその人は、更紗にたずねてきました。更紗は、その青い瞳から目が離せなくて、その言葉に頷くことしかできませんでした。  まるで明け方の街を歩いているような錯覚を覚えながら、更紗はその人と二人で歩いています。おもちゃのような街並みを眺めていると、時折触れ合う指先に、更紗はどきどきが止まりません。  しばらく歩いているうちに、少し高台の場所にたどり着きました。水の都とよばれるストックホルムの街並みを一望できるその場所で、更紗はその景色に心を奪われていました。 「綺麗……」 「きれ……い?」  更紗は思わず日本語でその美しさを褒め称えていると、その人はその言葉を言おうとしています。まるで子供のようなおぼつかない言葉に、更紗はくすくす笑い出しました。その人は困った顔で更紗の手をとります。そしてそのまま更紗を抱きしめて、口付けをしました。  いきなりのことで更紗はきょとんとした顔で、何が起きているのか回らない頭で必死に考えようとしていました。  唇が離れたとき、優しい声でその人は誘いました。 「僕の部屋で一緒に白夜を見ない? もっとサラと一緒にいたいんだ……」  更紗はここでも頷くことしかできませんでした。  ホテルまでの道のりを更紗は覚えていません。だってその人と手をつなぎながら帰っているからです。更紗は顔を真っ赤にして、ただどきどきしながら手を引かれていました。  ホテルにつくとそのまま背に手を添えて、その人は促しています。その人の部屋に入ると、すぐに体を両手に抱かれて、ベッドに横たえられました。その人は優しい顔で細い更紗を囲い込むように、覆いかぶさってきました。ぎしりとベッドのきしむ音に、更紗はどきんと心臓がなったのを感じました。その人の息遣いがすぐわかるところまで、その人は顔を近づけてそのまま唇を重ねました。  優しく着ていたものを取り払われて、更紗は生まれたままの姿になっていて、その人の優しい愛撫に感じ入っていました。触れるか触れないかのところで優しく撫でる手の動きに、更紗は感極まって声を上げてしまいます。ゆるゆるとした動きにじれったさを感じつつ、もっと焦らして欲しいと思う自分に、更紗は戸惑いを隠せません。  そしてその人は更紗の白い滑らかな胸元に、赤い花びらをひとつだけ落としました。うっすらと赤くなったところに、その人は何度も唇で触れます。まるで愛しい恋人への口付けのようなそのしぐさに、更紗はどう応えたらいいかわかりません。ふとその人が顔をあげたとき、更紗はその人と目が合ってしまい、恥ずかしいのですが目をそらすことができません。うっとりとしたその人の表情は、更紗をぞくぞくさせました。  更紗のふくらみや、くびれた細い腰へその人は優しく触れて、そして音を立てながらまるで皮膚の下に隠れている欲望を刺激するように舌で舐めています。そのたびに更紗はくすぐったいようなもどかしいような気持ちになってきました。それがどんどん自分の体の奥にたまり、そこが疼いてきます。更紗の体はまるで花のように赤く色づき、そしてその人を誘うような香りを放つ蜜を溢れさせていました。  肉付きのよい更紗の脚に手を添えて、その人は更紗の隠されていた花弁を晒します。見つけられてしまった更紗は。本当に恥ずかしくて思わず脚を閉じようとしました。ですが、その人の手の力が強くてできません。震える更紗をなだめる様に、その人は優しい顔で何度も何度も更紗に呼びかけます。 「サラ、きれいだ……」  更紗はその言葉にほっとしたのか、その人を受け入れました。更紗の奥を何度も何度も優しく突いて、更紗の耳元ではその人が何かに耐えるような荒い息と、おそらくこの国の言葉でしょうか。甘い声音でなにかを囁いていますが、更紗にはわかりません。でも、心で感じたその言葉に更紗はまたぞくぞくしています。  更紗とその人は荒い息と切なげな声をだしながら、お互いの官能を高めあっています。やがて互いに心も体も解き放つときがやってきて、互いの体をきつく抱きしめたとき二人はひとつになりました。  ひとつになって溶け合ったとき、更紗は泣いていました。更紗の頬に流れていた涙をその人は指で掬い微笑んで更紗に口付けました。  更紗はそのまま眠ってしまい、気がついたときにはその人はいませんでした。急に寂しさが更紗を襲います。まるで夢のような時間のあとに、やってきたのは寂しさと切なさでした。それがなんなのかわからないまま更紗は一枚のメモを見つけます。 「僕は仕事があるので帰ります。あなたはゆっくり休んでいてください」  そのメモを見たとき、更紗の夢の時間は終わりを告げました。  更紗は着替えたあとその部屋を出て、自分の部屋へ戻ります。そこにはすやすやと眠る鹿乃子がいました。更紗は窓の外に広がる白い夜を眺めたまま、結局眠ることができないまま新しい朝がやってきました。  ストックホルムでの最後の夜は、贅沢な時間を過ごそうと鹿乃子が言ってきました。更紗は、ぼんやりしながらそれにつきあって、ホテルのレストランで食事をしています。すると自分たちが頼んでいない豪華な料理やお酒が従業員たちによって運ばれてきます。  不思議に感じた更紗と鹿乃子はおろおろしていました。すると気になった鹿乃子はこちらの言葉で従業員に理由を尋ね始めました。鹿乃子になにやら従業員が答えていると、鹿乃子はみるみるうちに顔をほころばせました。 「更紗、これあなたにですって」  鹿乃子は一枚のメッセージカードを更紗に渡します。それにはこんなことが書かれていました。 [あの部屋で待っています]  更紗はどきんと心臓が跳ねるのを感じました。そのあとどきどきしてしまい、その部屋へ急いで向かいます。昨日見知らぬ人と肌を重ねた部屋の前に着くと、更紗は深呼吸してドアを開きました。すると、部屋に入ると甘い香りが漂ってきます。更紗が部屋を見ると、部屋中にピンクのバラが飾りつけられていました。 「驚かせてしまってごめんね」  その声に驚いた更紗は、その人を見つけます。そして更紗に近づいたその人は言葉を続けています。 「あなたは明日日本に帰るのでしょう? あなたに恋した男を残して……」  切なげに歪むその人の顔を目にしてしまい、更紗は胸が締め付けらるような痛みを感じました。鼻の奥が痛み出し、みるみるうちに更紗の目から涙があふれてきます。だって更紗もその人のことを忘れられず、その理由がわからないまま切ない思いをしていたのです。  更紗はその人に駆け寄り、がっしりとした逞しい胸に飛び込みました。二人はその夜ただ抱き合って白夜の一夜を過ごしていました。ベッドに座ったその人の腕の中にいる更紗は、幸せそうな笑みを浮かべて甘えています。その人も更紗に甘えるように体を摺り寄せていました。視線が合うたび二人は何度も何度も唇を重ね、更紗はそのたびに切ない思いに身を焦がしていました。  更紗もこの人もわかっていました。長い人生のなかの一瞬のようなこの逢瀬は、永遠になることはないだろう。ならば触れ合えるこのひと時を、大切な思い出にしたいと思っていました。更紗が涙を流すと、その人はきつく抱きしめて背中を撫でながら、優しく言葉をかけてきます。その言葉にさえ、更紗は切なくなって涙をこぼしていました。  やがて日が沈み、また新しい朝がやってきます。二人は言葉を交わすことなく別れ、更紗は待っていた鹿乃子と日本へ帰りました。  飛行機の中で更紗はずっと泣いていました。でも後悔はしていません。胸にその人への想いと、その人と過ごした時間を閉じ込めたのです。だけど閉じ込めようとすると、あふれる想いが涙になってぽろぽろこぼれてきます。長い10時間の間、更紗はそうやって時間をすごしていたのです。  日本へ戻ったあと、鹿乃子は幸せな花嫁となりました。更紗はその姿に目を細めて喜んでいます。そしてしばらくすると、更紗にひどい言葉を投げつけた昔の恋人が声をかけてきました。 「もう一度、やり直したい」  更紗はその言葉に、うつむいてしまいます。昔の恋人は泣き出しそうな顔で、更紗に言ってきました。ですが更紗の心には、もうその昔の恋人はいません。更紗の心の中にはストックホルムで一緒に過ごしたその人がいました。 「私、好きな人がいるの。あなたではない人よ」 「それでもいい。俺には更紗しかいないんだ」  必死で訴えてくる昔の恋人の心に胸が痛みます。でも更紗は昔の恋人から差しだされた手を拒みました。  それから更紗には何度も恋の機会が訪れますが、結局更紗はあの人を忘れることができませんでした。名も知らぬその人を想っても、かなうはずのない恋に時折胸を締め付けられます。もう二度と会うことがない人なのだとわかっていても、更紗の心はその人だけを求めていました。  青空を見上げるたびに、更紗はその人の瞳を思い出します。そして胸が痛み出し、涙をこぼすこともありました。  日本に戻ってから5年がたち、更紗はまたスウェーデンに行くことになりました。前回は旅行でしたが、今回は仕事です。自治体の代表の一人として、その国の福祉政策を視察するという目的で、また長い時間をかけてストックホルムへ向かいました。  5年の月日を感じさせないおもちゃのような街並みに、更紗は胸が締め付けられています。思い出すのはその人のこと。そして出会ったホテルのこと。しかし、そのホテルのあった場所へ向かうと、すでに違う建物に変わっていました。更紗はこのときやっと、その人とのことを思い出にできると思いました。 「もう5年経っているのよね……」  それまでずっと胸に秘めたその人への思いを、振り切るようにそこを離れます。そして宿泊先のホテルへ向かいます。そこには一緒に来ていた人たちが待っていて、そのまま一緒に食事をとることにしました。夕食を終えて更紗は一人、白夜の町を歩こうとロビーへ向かいます。  そのとき更紗は5年前と同じように声をかけられました。 「こんな夜遅くにどこまでいくの、お嬢さん。女性の一人歩きは危ないよ」  その声と言葉にどきんと心臓が高鳴りました。おそるおそるその声のしたほうへ顔を向けると、5年前より少し年を重ねたその人が立っていました。身なりのいいスーツに身を包んだその人は、うれしそうに頬を赤らめ更紗を見つめています。  更紗は夢だと思いました。自分にとって都合の良い夢だと。自分の姿を見たまま何もいおうとしない更紗に、その人は少し困っています。 「サラ、また会えたね……」  更紗はこの言葉を聞いて、夢ではないことをやっと実感できました。思わず自然に体が動き、その人の胸に飛び込んだ更紗は、思いがけない再会に涙を流しながら喜んでいます。 「ごめんね、急に声をかけて。でもどうしてもあなたに気づいてほしくて、声をかけてしまった」 「また会えるなんて思わなかった……」 「サラ、また会えるなんて。本当にうれしいよ」  二人は人目をはばかることなく、口付けを交わしました。その後二人はその人の部屋に向かい、話をしました。  その人はやっと更紗に自分の名前を教えます。 「僕はスヴェン、スヴェン・ヴァレンベリ。ここのホテルのオーナーです」  更紗は突然の言葉に、目を丸くしています。スヴェンはにこにこしながら更紗を見つめ、彼女の手を握り、言葉を続けます。 「祖父が愛したあのホテルで、サラと出会った日を忘れた日はなかった。祖父と祖母があのホテルで出会ったように、サラと出会ったことに、運命を感じていたと言ったら笑われるかもしれない。でもそれくらいあなたのことを思っていたんだ」  更紗を優しく見つめながら、スヴェンは愛を囁いてきます。更紗はどうしたらいいのか、ただただ突然の展開に頭が回りません。するとスヴェンはまた更紗が驚く言葉を話し出しました。 「来年、ようやく念願の日本へホテルを作ることが決まってね、やっとサラを探しにいけると思っていたら、まさかここで会えるとは。これも運命なのかもしれないね」  更紗はやっとスヴェンの言葉を把握したのか、涙ぐみながら彼に話をしました。 「スヴェン、うれしいけれど、私はどうしたらいいかわからないの。だってこんなことになるとは思っても見なかったし」 「サラ、何も言わずに僕からのプロポーズを受けてくれないだろうか」 「え?」 「あなたと一緒なら、僕はなんでもできるような気がするんだ。だってサラとの出会いや再会は奇跡のようなものだから」  更紗はその言葉を聞いて困った顔をしています。うれしいけれど、どう答えたらいいのだろう、更紗はそんなことを考えていました。 「来年、僕は日本に行く。そのときまでまだ時間はある。だから日本で聞かせてほしい、サラの答えを」  スヴェンはそういうと、更紗の体を抱きしめて唇を塞ぎました。 「サラ、僕はあなたを目いっぱい愛したい」  熱がこもったスヴェンの言葉は、更紗の体を一気に熱くしました。更紗は彼の首に腕をまわし、こくんと頷いて自分からスヴェンに口付けすると、彼は更紗の体を抱え奥の寝室へ向かいました。 「お願いだから、明日の朝には解放してね」  スヴェンはそれにくすくす笑い頷きました。
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