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第16話
「間違っている、間違っていない、そういう問題じゃない。イメージだよ」
「そうかもしれないですが」
「このまま歌うことも出来るけれど……」
プロデューサーが渋い顔をする。
既婚者のうたのお兄さんがいたことはない。
あくまで『お兄さん』であることは第一条件なのだ。
結婚したら、その条件が曖昧になる。
「あの、結婚していたらダメですか。それは、子供に悪影響ですか?」
「……」
プロデューサーが黙り込んでしまう。
しかし、その目はじっとりと俺を見つめていて、自分で考えろ。
そう言いたげだ。
こんなことで辞めたくはない、もしもこれがきっかけで辞めるとしたら、さくらはどう思うだろう。
「歌を歌わせてください」
「少しこちらも考えさせてくれ。それから、行動は控えて。帰りは車を出すから」
「ありがとうございます」
「悪いが、会議によっては辞めてもらうかもしれないよ。前例がないからね」
「分かってます」
むっとしながら、思わず答えていた。
前例がないなら作ればいいだろうと言い返したかった。
でも、自分が生まれる前からある番組のプロデューサーに反論出来るほど、俺も子どもじゃない。そもそも、仲間の輪を崩したのは俺なのだし。
会議をしてくれる、それだけでも有難いことだ。
頭を下げると、俺は続きの収録に入った。
そして二週間後。
俺とさくらの結婚生活が週刊誌によって暴かれた。
さくらは噂によってピアノ教室に行けなくなり、張り込みを続ける記者に参ってしまいピアノ教室を辞めた。
ピアノ教室側も、さくらが辞めることを望んでいるかのように、あっさりと辞めさせたらしく、さくらは酷く落ち込んでいた。
俺が軽率なばかりに……。
今はさくらの実家に隠れるように居候しているが、何も咎められることがなく、俺はかえって居心地が悪かった。
読んでいた週刊誌を投げ捨てると、さくらが部屋に入ってくる。
俺達は客間でふたりで寝ていて、前のように抱き合うことも控えていたし、こんな事態になったというのに、さくらの実家で求めあうなど到底出来なかった。
「あ、週刊誌。見ちゃったの?」
「小さな記事だろうと思ったら、結構大きく載ってるから。さくらは平気か?」
俺はまるで芸能人ばりに顔を隠されることなく写真を載せられたいるが、さくらは悪いことでもしたかのように、目の所だけ隠されている。
何も悪いことをしたわけでもないのに、『ふたりのマンション。愛の巣!』なんて見出しで俺達の馴初めまでもが書かれていた。
といっても、その馴初めはかなり適当でまるで空想話だった。
「俺がナンパしたってことになってる」
「なんか、随分酷い書き方だよね。紅茶でも飲んで」
手渡ししてくれると、手が触れた。
途端、手を握りたくなるが堪える。
ずっと触れていない体、キスもしていない。
そんな状況の中、仕事には追われている。
スタッフは気を使ってくれるが、週刊誌を見たママはガックリと項垂れた表情を俺に見せた。
勿論、子供には分からない話だが。
「それで、仕事はどうなると思う?」
「まだ保留だって。でも、これ以上騒ぐようなら俺は辞めるよ」
「だめっ!」
さくらが真剣な眼差して俺を見つめてくる。
俺を思わず持っていた紅茶を床をテーブルに置いて、さくらを抱き寄せていた。
「俺だって辞めたくはない。でも……。さくらを傷つけたくない」
「私は傷ついてないよ?」
「でも……仕事とか、週刊誌に載ったりとか」
「そんなの関係ないっ。私は歌を歌う正義が好き。前向きで一途で、誰にも止められない所が好き」
「そうかもしれないけど……。俺はさくらを大切にしたい。穏やかな家庭をと思うなら、辞めることを選ぶほうが――」
「だめ。正義の才能は、こんなことで潰されて良い筈がないよ。だって、会議してくれているんでしょう? だったら、それがきちんと決まるまでは待とうよ」
さくらが思わぬ強気がことを言ったので俺は胸が熱くなった。
今まで歌を歌って支えてやろうとか、俺が父親になったらきっと守れるとか、勝手に考えていた。
でも、それは間違っていた。
さくらと一緒にいるから、ふたりで頑張らないと意味がない。
さくらと力を合わせていくことで、互いに想いあえるようになりたい。
「そうだ。あのね、昔体操のお兄さんだった人が、ブログをやっていたの。そしたら、このことについて、ブログに書いてるの」
「え……」
思わずさくらのスマホを覗き込んだ。
さくらとふたりでそのブログを読むと、自分も同じ体験をしたことを綴り、正義と自分との違うところをあげて、行き過ぎた報道は辞めて欲しいとお願いしていた。
『俺も結婚をして体操のお兄さんを辞めましたが、辞めさせられたわけではありません。
あくまで自分の意志です。
子供やその親御さんを思うと、続けることは出来ないと感じました。
ですが、まさよしお兄さんが同じとは限りません』
その言葉に、励まされたような気がした。
「上の判断に任せよう。でも、俺は歌うことを辞めない」
「そうだよ」
またさくらを抱き寄せて、久しぶりにキスをした。
その柔らかい温もりに、しばらく唇を重ねてしまい、自分でも制御不能になる前にさくらから離れた。
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