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第14話
築二十年以上の戸建て住宅で、一階にはピアノが置いてあり、部屋は防音設備されている。
長く住んだ我が家は懐かしくもあるが、今はそんな悠長なことを言っていられない。
「あら……。おかえりなさい。どうかしたの? さくら」
きょとんとする母親を見て、さくらは堪えていた涙を溢れさせた。
「正義との結婚がバレたの。週刊誌の記者みたいな人に写真を取られて」
「まあ……。とにかく、まずはお茶を飲んで。早く正義さんにも伝えなくちゃ」
「うん……」
落ち着いいた母親を見て、さくらもなんとか涙を堪える。
さっき送ったLINEの返事はまだない。
が、テレビ局にも張り込んでいるのは間違いないだろう。
正義を好きになるばかりで、そして子供まで欲しいという矢先に、週刊誌の記者にバレるなんて。
自身がもしも妊娠していたら、そう思うとぞっとしてしまう。
(正義はあんなにも子供が好きなのに……子供が欲しいって言ってるのに……)
ふたりの想いとは反対に、それを望んではいけないという力を感じて怖くなる。
ましてや、週刊誌の記者に追い回されるなど……。
また涙が溢れて止まらない。
「泣いても仕方ないことだけれど。気持ちが落ち着くまで泣きなさい。正義さんときちんと連絡が取れるまでは、お母さんが守るから」
「ありがとう……。あ、ピアノ教室に電話……」
そう思ったものの、記者が張り込んでいるということは、生徒や母親に聞き込みをしているということだ。
もうピアノ教室だって、どんな状態か。
「ピアノ教室に電話した方がいいのかな……」
「一応、休むことだけ伝えなさい」
「嫌だな……」
そう思いながらも、他の先生に迷惑を掛けたり余計な仕事を増やしていると思うと、何も言わずに休むわけにもいかない。
スマホを取り出して、おずおずとピアノ教室に掛ける。
するとかなり時間が掛かってから、事務の高田さんが出た。
「もしもし、なかよしピアノ教室です」
「あの……谷崎です。ご迷惑をおかけしていると思うのですが」
「谷崎さん⁉」
声が大きくなり、思わずスマホを耳から離す。
「すみません、今日は休ませていただきます。ご迷惑をおかけしているかと思うのですが」
「構わないのですが。その……うたのお兄さんと結婚していたなんて……」
「それは……その……改めて事情を説明しますから。すみません、失礼します」
半ば強引にスマホを切ると、さくらは目に涙を溢れさせた。
誰が自分達の仲を引き裂くようなことをしたのだろうと思うが、入念に入念に準備したと思っていたし、疑う相手も思いつかない。
とはいえ、住んでいるマンションの人に見られれば、いつかはバレたかもしれない。
「私が迂闊だったんだわ」
落ち込んでスマホを見ると、正義からLINEが届いていた。
『スタッフさんが車用意してくれるから。とりあえず、帰れる』
『今、私の実家なの。マンションには記者がいて』
『じゃあ、俺もさくらの家に行ってもいいか? 謝らないと』
『泊まっていって。仕事は平気?』
『ちょっと、まずいかな』
その言葉にさくらはどくんと胸を大きく鳴らせた。
恋愛禁止、と言い渡されているのに、それを無視して結婚していたのだから。
勿論、過去には恋愛、結婚した体操のお兄さんならいたそうだ。
イメージが崩れるからと自分から辞めてしまったそうだが、人気があるお兄さんだったらしい。
今も時折、テレビで見かけるが真面目な印象しかない。
『結婚してるって言ったの?』
『まあ。こうなってるいきさつを説明するには、それを言うしかないから』
さくらは頭を抱えた。
只のデマだと言わず、素直に真っ直ぐにぶつかるところが正義らしい。
学生の頃と、その辺りは変わらないままだ。
『きちんと話せば分かるから。じゃあ、まだ仕事中だから』
それを最後に、LINEは途絶えた。
さくらは泣き出したい気持ちを抑えて、スマホを握り締めた。
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