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第8話
正義は紛れもなくさくらと結ばれている。
求められているし、好かれてもいる。
でも、『まさよしお兄さん』を好きな全国のママは、茉莉のように実らないと分かりつつも、ひたむきな愛情を正義に向けているのだ。
その一途な想いを、正義はどう受け止めているのかを思うと、さくらは困惑して何も言えなかった。
「精一杯、愛情を叫ぶわっ」
「あ。あの……。どうしてそんなに好きなんですか?」
さくらは聞いては駄目だと思いつつ、茉莉のひたむきな想いが気になり聞いてしまった。
すると茉莉は目をキラキラさせながら、さくらを見つめる。
「だってぇ。どんな時も傍に居てくれる感じがするからっ」
「傍に?」
(だって、正義はテレビの向こうだけど)
意味が分からないとさくらが首を傾げると、茉莉はにっこりと微笑んだ。
「毎日、同じ時間に現れる王子様よね。夫とは違う、別の大切な人」
「お、王子様……」
そのルックスが言わせているのかもしれないが、少々大袈裟だと思いさくらは茉莉を冷ややかな目で見た。
すると茉莉はにたりと笑う。
「浮気は……出来ないけれど。テレビの向こうのお兄さんが笑いかけてくれるのに、嬉しいって言うだけなら、別にいいでしょ?」
「う……わき?」
その言葉に、さくらは一気に冷静さを失う。
どうしてテレビの向こうの正義にそんな感情を抱くのだろう。
そもそも、正義の何を知っているというのだろう。
さくらは段々、好き勝手言う茉莉を許せない思いになり、茉莉が抱えていたバイエルを開くように言った。
「まだまだこれからですから。どんどん進めましょうね!」
「だって。難しいんだもの」
「まさよしお兄さん、音楽得意なんですよね。このくらい出来ないと笑われませんか?」
「さくら先生、厳しくない? どうかした? いつもと違うわ」
そう指摘されてさくらはハッとして口元を抑えた。
いつもは談笑したり、適当に笑ってごまかしていたのだが、なんだかそんなことが出来ない状況だったのだ。
正義からの愛情だって感じているし、さくらだって好きだ。
でも、こんなにも熱狂的なファンがいると思うと正義が別れを告げて、仕事だけに集中してしまいそうな気もする。
自分達がいくら結婚していたとしても、正義はなによりも、良き歌のお兄さんであることに誇りを持っているのだから。
とはいえ、正義がファンの存在を知らないとも思えない。
(どう折り合いを付けて、私と結婚なんて言ったのかしら?)
益々不安になってしまうと、さくらは黙り込んでしまう。
「さくら先生? どうかした? バイエルやるんじゃないの?」
「あ、すみません。練習してきました?」
「色々忙しくてやってなくて」
茉莉が苦しい言い訳を言うが、責めずにさくらは茉莉と教則本を見つめる。
「右手から始めましょうか」
茉莉のすらりとした手を見ると、さくらの気持ちはざわついた。
今まで正義は自分しか見ていないと思っていた。
茉莉は結婚しても見た目を気にしてスタイルも良く、着飾っている。
年齢よりも若く見える程だし、若い頃は読者モデルをやっていたという噂だ。
そんな茉莉からもしも、告白でもされたら……。
さくらはぼんやりと考えてしまう。
決して美人といえないさくらは、勝ち目がない。
「もうっ。先生。ぼんやりして。ここ、この指の使い方であってます?」
「あっ……は、はい」
ダメだ、いけないと、茉莉の方に向きなおるものの、熱烈な告白聞いてしまうとさくらの心はざわざわとしてしまった。
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