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第7話

***    正義が地方のコンサート公演に早朝から出かけてしまうと、さくらはなぜかほっとして玄関に佇んでしまった。  正義は収録、コンサートの練習、ゲネプロ、CD収録など、テレビ以外でも拘束されていて多忙だった。  その一方でさくらを抱き、睡眠不足の日々だと思えた。  ピアノ教室のママの噂にはなっていないが、正義の目が寝不足で充血していることもあり、そのうちに目ざとく見つけたママに噂されないかと冷や冷やする。  とはいえ、画面で見る正義は清潔感溢れる青年で、優しいお兄さん。  貪るようにさくらを抱くとは到底想像出来ない、その優しい笑みや子供はの気遣いを見ると、さくらは時々疲れてしまうのだ。  多忙な正義と違い、さくらはどこかのんびりとしたピアノ教室で教える日々だった。  教え子のママの噂は正義のことが多く、呆れてしまう程だ。 (今日もピアノ教室だわ)  さくらは出勤には早いが、そんなことを考えるとどこか頭の重いことがよぎる。  今日は大人のクラスを受け持つのだ。  音大受験生に向けて教えることも頭が重いのだが、大人のクラスは趣味で通っているので上達するスピードが遅い。  その上、雑談やら練習不足など、個人差がはっきり出るのだ。  で、今日受け持つ小和田茉莉(おわだまり)という主婦が、さくらを困らせる。  彼女の娘も勿論教室に通っているのだが、楽しそうだからと始めたらしい。 けれど思うように進まなかったのが悔しいのか、彼女は練習も程ほどに、お喋りを始める。  その内容は正義の事なのだ。 (口が滑って付き合ってるなんて言ったら、小和田さん怒り狂いそうだわ) 正義のいない間に、散々『まさよしお兄さん』の事を聞かされると思うと辛い。 正直な所、小和田さんの熱意は正義への好意だと思えて、話を聞くのが辛いのだ。                少し眠ろうとふたりの寝室に向かいダブルベッドの潜り込むと、さくらは昨夜求められた疲れで瞼が落ちた。  昼休み。  子供達の練習を終えたさくらは、どんよりとした気持ちで教室を片付けた。  これから十分もしないうちに茉莉が来るのだ。 (ああ……。今日は何を聞かされるの)  深いため息をついた時だった。  扉が開いて、茉莉が入ってきた。 「あの、まだ少し時間は早いですけれど」 「いいじゃないっ。先生だってぼうっとしていたし。それより、今日の正義お兄さんの話聞いてよっ」 「は、はあ」  押しの強さも苦手で、さくらは項垂れる。  ピアノの椅子にさくらが座ると、生徒用の椅子に茉莉が座る。  勿論、ピアノを弾くつもりなんてない。 「あのねえ。今日、なんとなくなんだけれど。まさよしお兄さんが私を見て笑った気がしたの」 「えっ?」 「まあ、テレビ越しだけど。でも……嬉しいじゃないっ!」 「はあ……」 「でねえ。私、今度お兄さんにファンレターでも書こうかなって思うの。どうかしら?」 「え……。それは、その。だってアイドルじゃないまですし」  さくらは顔を引きつらせる。  そもそも、ファンレター自体を受け入れているかも謎だ。  が、茉莉の熱意は日に日に増しているようで、思い込みも激しくなっているように感じる。 「コンサートも一回も聞けてないし。もしもコンサートに行けたら、私告白するわっ」 「こく……はく?」  さくらの心臓が跳ねた。
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