7 / 20
第7話
***
正義が地方のコンサート公演に早朝から出かけてしまうと、さくらはなぜかほっとして玄関に佇んでしまった。
正義は収録、コンサートの練習、ゲネプロ、CD収録など、テレビ以外でも拘束されていて多忙だった。
その一方でさくらを抱き、睡眠不足の日々だと思えた。
ピアノ教室のママの噂にはなっていないが、正義の目が寝不足で充血していることもあり、そのうちに目ざとく見つけたママに噂されないかと冷や冷やする。
とはいえ、画面で見る正義は清潔感溢れる青年で、優しいお兄さん。
貪るようにさくらを抱くとは到底想像出来ない、その優しい笑みや子供はの気遣いを見ると、さくらは時々疲れてしまうのだ。
多忙な正義と違い、さくらはどこかのんびりとしたピアノ教室で教える日々だった。
教え子のママの噂は正義のことが多く、呆れてしまう程だ。
(今日もピアノ教室だわ)
さくらは出勤には早いが、そんなことを考えるとどこか頭の重いことがよぎる。
今日は大人のクラスを受け持つのだ。
音大受験生に向けて教えることも頭が重いのだが、大人のクラスは趣味で通っているので上達するスピードが遅い。
その上、雑談やら練習不足など、個人差がはっきり出るのだ。
で、今日受け持つ小和田茉莉(おわだまり)という主婦が、さくらを困らせる。
彼女の娘も勿論教室に通っているのだが、楽しそうだからと始めたらしい。
けれど思うように進まなかったのが悔しいのか、彼女は練習も程ほどに、お喋りを始める。
その内容は正義の事なのだ。
(口が滑って付き合ってるなんて言ったら、小和田さん怒り狂いそうだわ)
正義のいない間に、散々『まさよしお兄さん』の事を聞かされると思うと辛い。
正直な所、小和田さんの熱意は正義への好意だと思えて、話を聞くのが辛いのだ。
少し眠ろうとふたりの寝室に向かいダブルベッドの潜り込むと、さくらは昨夜求められた疲れで瞼が落ちた。
昼休み。
子供達の練習を終えたさくらは、どんよりとした気持ちで教室を片付けた。
これから十分もしないうちに茉莉が来るのだ。
(ああ……。今日は何を聞かされるの)
深いため息をついた時だった。
扉が開いて、茉莉が入ってきた。
「あの、まだ少し時間は早いですけれど」
「いいじゃないっ。先生だってぼうっとしていたし。それより、今日の正義お兄さんの話聞いてよっ」
「は、はあ」
押しの強さも苦手で、さくらは項垂れる。
ピアノの椅子にさくらが座ると、生徒用の椅子に茉莉が座る。
勿論、ピアノを弾くつもりなんてない。
「あのねえ。今日、なんとなくなんだけれど。まさよしお兄さんが私を見て笑った気がしたの」
「えっ?」
「まあ、テレビ越しだけど。でも……嬉しいじゃないっ!」
「はあ……」
「でねえ。私、今度お兄さんにファンレターでも書こうかなって思うの。どうかしら?」
「え……。それは、その。だってアイドルじゃないまですし」
さくらは顔を引きつらせる。
そもそも、ファンレター自体を受け入れているかも謎だ。
が、茉莉の熱意は日に日に増しているようで、思い込みも激しくなっているように感じる。
「コンサートも一回も聞けてないし。もしもコンサートに行けたら、私告白するわっ」
「こく……はく?」
さくらの心臓が跳ねた。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい
ともだちとシェアしよう!