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第41話

 温かい暗闇のなかうとうととしていると、まぶたに柔らかいものがそっと押しつけられた。彼だ。彼がまぶたにキスしている。それが嬉しくてついまぶたを開けそうになったけれど、そのまま寝ているふりをする。  だけど彼としてはそろそろ目覚めて欲しいらしく、まぶたへのキスを皮切りに次々といたずらをしかけてくる。まぶたから額、そして鼻先へと弾力のある唇がゆっくりと動き、唇を押しつけてきたあと鼻先に軽い痛みが走った。それに驚き目を開くと、彼がしてやったりという顔をしながら私を見つめている。 「GutenMorgen(おはよう)、瑠衣」  鼻先が触れるほど至近距離で見つめながら、彼がうれしそうにほほえんで、おでこをくっつけてきた。それだけでなく背中に回されていた手がするすると降りていき、弧を描くようにお尻を優しく撫で始める。彼の手が触れるところから痺れに似たものがぐっと駆け上がってきて、思わず声が漏れそうになったけれどそれを押しとどめた。白いバスローブの襟元が開いていて、そこからシャボンの淡い匂いがする。 「あんまりにもぐっすり眠っていたから、起こすのがしのびなかったよ」  嬉しそうにはにかむ姿を見てしまえば、咎めることができなくなる。心の中で鼻先を甘噛みされた驚きを鎮めたあと、わざとふてくされたように顔を逸らした。 「瑠衣?」 「そういいながら鼻を噛んだ人とは口をききたくありません」  我ながら子供のようだと思うけど、いつも平然としている彼を困らせたかった。しかしその直後子供じみたささやかな抗いは、とんでもない形となって我が身に返ってきた。 「そう、ならどこを噛んで欲しかった? ここ?」 「ん……っ」  耳に軽く歯を立てられた。その上掠れた声で囁かれてしまい、思わず声を詰まらせた。無意識のうちに体を捩り逃げようとした。だが恋人はなおもしつこく囁いてくる。 「耳じゃないなら、どこかな。ここ?」 「あっ!」  耳に唇を寄せたまま、バスローブの襟からするりと滑り込んだ大きな手が、胸の頂をきゅっとつまむ。刹那の痛みのせいで、体がぶるっと震えた。 「ここでもないならどこだろう。どこを噛んで欲しかった?」  すっかり芯を持ったところを嬲りながら、彼が愉快げに問いかける。堅くなったところが熱を帯び、痛みが快感にすり替わっていく。だがその快感は決定的なものではなく、どこまでも中途半端なものだった。体の奥で熱が膨れ上がっていくのに、どこにも出口がないせいで熱が籠もる。密度を増した熱量は、私を苛み苦しめた。声を漏らしてしまえば幾分でも楽になれる。でもそうしてしまえば彼に屈するようで嫌だった。喉の奥から耐え間なく漏れる声を手で押さえながらと快感に耐えていると、突然電話の着信音が部屋に鳴り響いた。 「ああ、そういえば電話を頼んでいたんだっけ。起きられなかったときのために」  そう言って彼はためらいなく体を離した。高められた熱はどこにも行き場がないまま、まだ体の奥で燻っている。肌の下からじりじりと炙られているような奇妙な錯覚から逃れるように体を捩ると、その反動で秘めやかな場所を潤していたものがとろりと滴り落ちた。腿を伝うその感触のせいで、体が一気に熱くなる。だがそれを鎮めてくれる唯一の存在は――。 「DankeSchon(ありがとう)」  私のことなど気にもせず、電話の向こうの相手に感謝の言葉を告げたあと、ベッドから起き上がった。そしてバスローブを脱いで、側にあったソファに掛けておいた真新しいシャツを着始める。 「そろそろ着替えよう」  背中を向けたまま着替え始めている彼が、何事もなかったかのように話す。その背中をじっと見つめていると、彼が振り返った。 「クリスマスマーケットは21時までだよ。もう18時だ、もう三時間しかない」  部屋の窓に目を向けると、もうすでにとっぷりと日が暮れていて、目の前にある広場の明かりが見えていた。遠くには観覧車も見えていて、ゆっくりとした動きで回っている。クリスマスマーケットよりも、体の火照りを鎮めて欲しかったけれど、抱き合ってしまえば今夜のお楽しみは駄目になる。だから熱を帯びたままになっている体を起こし、着替えることにした。  ドレスデンのクリスマスマーケットは歴史が古い。特にシュトリーツェル・マルクトはドイツ最古のマーケットで、1434年に始まったと言われている。ザクセン王国の首都として栄えたドレスデンは、バロック様式の建築物が美しい古都で、旧市街にあるアルトマルクト広場は古い建物に囲まれていた。 「なんでもここを見るなら夜だとヨナスは豪語していた。ほらライトアップされていてきれいだ」  そう言って彼は白い息を吐きながら、広場を取り囲む石造りの建物を指さした。バロック様式なんかよく分からないけれど、それでもライトアップされた建物は美しい。古い石に浮かんでいる光と影、そして煌々としている広場を埋め尽くす出店の明かりに目を奪われた。 「グリューワインは店によって味が違うと聞いているから、飲み歩きしようか」 「飲み歩き?」 「そう、といってもいくら暖めたワインでも完全にアルコールは抜けないし、二人で分け合って飲もうか」 「そうね、そうしましょう」  歴史ある建物に囲まれた広場には、たくさんの出店が軒を連ねていた。クリスマスマーケットと言われているだけに、ツリーを飾るオーナメントのお店があったり、キャンドルを売っている店もある。そしてスパイスや果実とともに暖めたグリューワインの店や、クリスマス・ケーキであるシュトーレンやソーセージ、ハッシュドポテトにシチューを売っている店だってあった。彼と一緒に店に並び、ワインとシチュー、パンを頼むとすぐに差し出された。それを持って軒先で食べ始めると、聞いたことがない曲が聞こえてきた。アコーディオンの音色にあわせて、数人が寒空のした陽気に踊り出す。  耳が痛くなるほど冷たい空気、そしてドイツ語や英語、フランス語まで耳に入ってくる。ぐるりとあたりを見渡せば日本では見かけない建物ばかりで、この地が異国であることを改めて思い知らされた。すると不思議なことに途端に心細くなる。そればかりか厚着をしているはずなのに、冷え冷えとしたものが足下から伝ってきた。そのときだった、彼が私を引き寄せて耳元で囁いた。 「メリーゴーランドと観覧車、両方乗ろうか」  温かい息が耳に掛かったとき、そこからほんわりと温かくなってきて、知らず知らずのうちにこわばっていた体から力が抜けていった。彼を見上げると、口元にパンくずがついている。それに手を伸ばす。 「その前に……」  彼の形のいい唇の横についていたパンくずをつまみ、それを食べた。すると彼が嬉しそうな顔をしながら、私にシュトーレンのひとかけらを食べさせようとした。思わず彼の指ごと口に含んで食べたあと、その指をペロリと舐めた。そして私が持っていたハッシュドポテトを彼に差し出すと、お返しとばかりに私の指ごと食べられてしまいざらざらした舌で舐められる。ようやく鎮まったはずの熱が、体の奥で再び勢いを取り戻し全身へと広がっていく。ただ指を舐められただけなのにこうなってしまうのは、私を見つめる彼の瞳が熱を帯びているからだろう。その瞳の奥では何かが揺らめいていて、それを見つめていると心が揺さぶられる。彼は私の手を掴んだまま、いたずらに指を舐め回していた。  彼のいたずらのせいで全身が火照りだしたころ、それを見計らったように彼が私の手を取り歩き出す。人混みをかき分けながら向かった先には、大きな観覧車があった。
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