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Act.1-04

 椎名課長の手が私に向かって伸びてきた。  ――まさか、叩かれるんじゃ……!  私は咄嗟に思い、目をギュッと強く閉じた。  ところが、椎名課長は私を叩くことをしなかった。  それどころか、その手は私の片頬に触れ、指先で優しく撫でてくる。  私は思わず顔を上げた。 「全く……。だから俺は、藤森を苛めてやりたくなる」  そう言うと、椎名課長は口元に笑みを湛えた。  私は目を瞠った。  椎名課長の笑った顔を見たことがないわけじゃない。  けれども、私に向けて笑うなんてことは今まで一度もなかった。 「どうした?」  呆然としている私の前に、椎名課長が顔を近付けてくる。  私は仰天して、椅子に座ったまま後ずさりしてしまった。  キャスターが付いているから、結構よく転がる。  椎名課長もまた、椅子ごと私に近付いてくる。  そして、同時に逃げようとする私の左腕を掴み、先ほどとは打って変わり、ニヤリと不敵に笑った。 「逃げようったってそうはいかないぞ?」 「べ、別に逃げるつもりは……」 「ない、と言いきれるか?」 「それは……」  私は返答に詰まった。  逃げる、というより、何となく警戒心を抱いたのは確かだ。  ただ、仕事には人一倍厳しい椎名課長だ。  そんな人が、オフィスという聖地でいかがわしいことをしようなんて考えには至らないと思う。 「あの……、椎名課長……?」  恐る恐る口を開いた私に、椎名課長が真っ直ぐな視線を注いでくる。 「藤森、お前は俺に嫌われると思ってたか?」 「あの……」 「答えろ」  詰め寄られても、素直に、「はい」なんて答えられはずがない。  かと言って、否定しても、それはそれで嘘吐き呼ばわりされそうな気がする。  そもそもさっき、「課長に一泡吹かせてやる!」と叫んだのを聴かれてしまっているのだ。  叶うならば、仕事を投げ出してでも逃げ出したかった。  でも、今は私の左腕が椎名課長に捕らわれ、自由を失っている。  振り払おうにも、女の私が男性の力に敵うはずもない。
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