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すれ違う二人-4

 せっかく贈ってもらった純白のドレス――まるでウエディングドレスの様なそれを着ることを、ここしばらくの自分は夢見て暮らしていた。だからこそ彼の言葉には傷ついた。  作らせなければよかったと言われるならば、似合わないと言ってくれた方がまだましだ。 「……やっぱり、似合っていないんですね」 「そうじゃない。単純に、君の体に負担をかけるドレスだというのが気にくわないだけだ」  煩わしそうに黒髪をかき上げた彼は、ティーカップに入っていた残りの紅茶を飲み干して息を吐いた。 「すまないが、俺はまた仕事に戻らなければならない。こちらの事情は聞いているだろうが……」  エルキュールは立ち上がると、ちらりとイリスの方を見た。  理知的なビリジアンの瞳。降り注ぐ陽光の中でも、その瞳は落ち着いた色合いをしていた。 「は、はい。すぐにおいとまします。お仕事を邪魔してしまって、申し訳ありませんでした」 「いや――別に、ここは君の屋敷でもある。古ぼけてはいるがね。別に入室を制限するつもりもないから、用があるなら好きな部屋を使えばいい」  自分でもまだこの屋敷の勝手がつかめないと、エルキュールは不満げに鼻を鳴らした。当たり前といえば当たり前だろう。先祖代々、エルキュールが生まれた時から住んでいたあの公爵邸と比べると、この屋敷はまるで違う。  建物の造りは大きいが、調度品や細かい内装は少し古ぼけている。元々王族の別邸であり、住む人のない屋敷だったというから、その辺は目をつぶらなければならないのだろう。 「とはいえ、これも陛下から賜った命令だ。君も不便だとは思うが、我慢してくれ」  エルキュールはそれだけをイリスに告げると、執務机に向かってまた仕事を再開した。執務に向かう彼の集中力はすさまじく、恐らくイリスがそのまま部屋にいたとしても彼は気に留めはしないだろう。  だが、どこかいたたまれなくなったイリスは紅茶を飲み干してすぐに部屋を出た。廊下にはやはりカルドンが待機していたが、彼はイリスの様子に気がつくと片眉を上げて部屋の扉に視線を投げた。 「奥様、どうかなさいましたか? 旦那様になにか、酷いことを言われましたか」  老練した執事の言葉に、曖昧な笑みを浮かべる。  明確になにかを言われたわけではない。それどころか、エルキュールはイリスの体のことを気遣ってくれたほどだ。  だが彼の用意したドレス――イリスが本当に嬉しかった贈り物を、用意しなければよかったと言われたことが、どうしても胸に引っかかっている。 「少し、疲れてしまったようで……エルキュール様にも、お気を使わせてしまったの」 「さようでございますか。それでは部屋着に着替えて、お部屋でお休みになってください」  あまり深いことを、カルドンはイリスに尋ねなかった。  その心遣いをありがたく受け取りながら、イリスは案内された自室へと向かう。自室はいっても、エルキュールと共同の寝室が隣にあり、部屋同士はそれぞれ扉で繋がっていた。 「調度品は新しく揃えさせていただきましたが、なにか不都合があればお申し付けください」 「ありがとう……素敵だわ」  イリスの部屋は広く、エルキュールの執務室と同じくらい陽の光がよく注ぐ部屋だった。調度品はまばゆい白ではなく、落ち着いた柔らかな色合いでまとめられている。 「それと、奥様――旦那様のことですが、あまり気を落とさず。あの方は二年もあなたと離れていたせいで、未だに距離感がつかめずにいるのです」 「距離感?」 「二年も経てば、女性は大きく変わられます」  そう微笑んで、カルドンは下がっていってしまった。ぽかんとしたまま部屋の入り口にたたずんでいたイリスだったが、やがて部屋の中を掃除していた侍女たちに声を掛けられて我に返る。 「イリス様、旦那様とのお話は終わられたんですか?」 「ベル……えぇ、エルキュール様も忙しいみたいだったわ。でも、お元気そうでなにより」  ベルとアナスターシャはそれぞれイリスの周りにやってくると、必要なものは他にないかと尋ねてくる。どうやら先に、カルドンから指示があったようだ。 「どうやら、この屋敷から街に使いが走る日が決まっているようなのです。そこまで監視されているなんて思いもよりませんでした。……本当に、旦那様はなにをしてしまったのやら」  落ち着いた口調でアナスターシャが首を傾げるが、その答えはイリスにもまだよく分かっていない。幽閉中の身であるというのに忙しく執務をこなすエルキュールの様子は、まるで二年前と変わらなかった。  わざわざ王命が下り、彼や家人を監視する立場の者があるというのだから、エルキュールはなにか大変な禁忌を犯してしまったのかもしれない。けれどそれにしては、彼もその妻であるイリス自身も、自由すぎるような気がするのだ。
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