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すれ違う二人-3

「わ……」  扉の真正面に、空を切り取ったかのようにつけられた大きな窓――薄い布で遮光をしていても、その陽気は燦々と室内に降り注いでいる。 「ここが、エルキュール様のお部屋……」  雲が流れていく青い空は額にはまった絵画のようだ。明るく開けたその部屋の壁は、ぎっしりと本棚で埋められている。中にしまいこまれていたのは、領地経営や戦術に関する専門書たちばかりだ。 「……来たのか、イリス」  広い執務室に呆気にとられていたイリスに、低い声が掛けられる。ハッとして辺りを見回すと、部屋の中央から少し逸れた場所にエルキュールの机があった。  屋敷の主は書類に走らせていたペンを止めると、ゆっくりと顔を上げて立ち上がる。 「ご、ごめんなさいエルキュール様――ご挨拶もまだなのに、その」 「気にする必要はない。俺も、出迎え一つ出さなかった。急な来客があって、先ほどまでかかりきりだったんだ」  やや疲れたように目頭を押さえたエルキュールは、イリスを備えつけのソファに座らせてくれた。  ソファに腰を下ろすと、つい先日のことを思い出してしまいそうになる。イリスは自分の頬がわずかに熱くなるのを感じていたが、できるだけなにもなかったかのようにそこへ腰掛けて背を正した。 「なにか飲み物を用意させよう。カルドン、部屋の外にいるか? 紅茶を二人分……えぇと、君は砂糖の代わりに蜂蜜だったか」  記憶をたぐり寄せるようにこめかみの辺りを指で叩いたエルキュールは、部屋の外で待機しているであろうカルドンにそう命じた。  エルキュールは自分もイリスの隣に座り、長い足を組んだ。職業軍人である彼だったが、こうした時の所作はどこまでも優雅だ。 「道中、なにか変わったことは? 義父上や義母上はなにか俺に言っていなかったか?」 「道中? いえ、特になにも……お父様やお母様からは、気をつけるようにとだけ」 「そうか。いや、だったらいいんだ。妙なことを聞いた」  ふいとエルキュールが視線を逸らしたのとほぼ同時に、カルドンがワゴンを引いて部屋の中に入ってきた。銀のワゴンの上にはティーポットとお茶菓子が載せられている。 「奥様はお疲れになりましたでしょう。甘い物を食べて、ごゆっくりなさってください」 「ありがとう、カルドンさ……えっと、カルドン」  先ほど言われたように、意識して執事への敬称を外す。先ほどカルドン本人にも言われたように、彼女はもうこの家の女主人なのだ。イリスが執事へ敬語を使うと、他の使用人たちにも示しがつかない。  当のカルドンはそんなイリスの様子に目を細め、蜂蜜がたっぷり入った紅茶を彼女の前に差し出してくれる。 「旦那様は、お砂糖は必要ありませんね? 他に必要なものはございませんか」 「いや、十分だ。少し彼女と話をしたいから、外してくれるか。話が終わったらイリスに屋敷の案内を――まあ、それはまた後日でいいな」  エルキュールは熱い紅茶で喉を潤してから、カルドンを下がらせた。  新公爵邸にやってきたばかりのイリスは、そんな二人の様子をじっと見つめている。 「そのドレスは……俺が贈ったものか」 「はい。素敵な品をどうもありがとうございます」  二人きりになった部屋の中で、エルキュールはふっと息を吐いてイリスを見つめてきた。この日のために用意された純白のドレスは、カルドンを通して彼から受け取ったものだ。 「……その、似合っていますか? 白いドレスは着たことがなくて、少し不安なんです。ベルたちはよく似合うって言ってくれましたけど、あの子たちは私がなにを着ても褒めるから……」 「丈が、少し長かったか? 胸の辺りのリボンもそれだと少し窮屈そうだ――似合っていると思って用意したが、着ている君が煩わしいと思うところはないか?」  彼から帰ってきたのは、想っていたのとはすこし違う答えだった。  似合う似合わないではなく、ドレスそのものの着心地や機能性を尋ねられるとは思っていなかったイリスは、胸元に飾られているリボンを握りしめて首を傾げた 「ド、ドレスは少し苦しいものですから……そんなに苦しそうですか?」 「俺が思っていたのとはすこし違っていたんだ。……想像で服なんか作らせるんじゃなかった」  そう言って少し眉根を寄せたエルキュールに、イリスの胸はぐっと締めつけられた。ドレスが苦しいのではなく、彼の言葉に胸が痛むのだ。
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