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すれ違う二人-1

(本当に、あれは夢じゃなかったのかしら)  エルキュールとの再会を果たしてから数日経ち、イリスはほうと息を吐いた。  あの日、どうやって屋敷に帰ったのかはイリス自身もよく覚えていない。  ベルによると、再会の感動と疲れで眠ってしまったイリスに、エルキュールがずっと寄り添っていたらしい。  あの部屋でなにがあったのか、どうして彼がいきなりあんなことをしたのか――当人に問いただす機会もないまま時間だけが過ぎた。  そんなある日、伯爵邸にあのカルドンがやってきたのだ。 「エングランツ公爵家より、正式にイリス様への婚姻の申し入れに参りました」  公爵家との婚姻の話が一転、エルキュール側から正式な婚姻を申し入れてきたという事実に、両親は驚きを隠せないようだった。特に父は、カルドンから手紙を渡されたと言うこともあってか、最初は半信半疑ですらあった。  だがそれを覆すように、イリスが公爵邸へ出向いた翌日には、屋敷に純白のドレスが届けられたのだ。 「我が主は、王命により王都の外れにあるダムアル邸に越すことになっております。王都本邸を空けること、また今回の王命が枢機にかかわることでございますため……大規模な結婚式を予定してはおりません」  婚姻のためのドレスを届けに来たカルドンは、何度も申し訳ないと言ってイリスに頭を下げた。  本来公爵家の結婚式ともなれば、国の内外から客を招くのが通例だ。結婚式を開かないとなると、イリスの実家である伯爵家にも迷惑を掛けることとなってしまう。 「ですが、一年後には、必ず結婚式を挙げると主が申しております」 「公爵閣下の身辺が落ち着くまで、それだけの時間がかかるということかね?」  父はカルドンにそう尋ねると、ちらりとイリスの方を見た。  先日屋敷であったことなど、父に言えるはずもない――だが、それでもエルキュールさえいいと言ってくれれば、イリスは縁談を承諾していたいと思っていた。  屋敷でのことは確かに驚いたし、死ぬほど恥ずかしい思いもした。だが相手は、幼い頃から焦がれてきた婚約者のエルキュールだったのだ。  彼が言ったように、順序が逆になってしまっただけ――恥ずかしくはあったが、イリスは彼との行為に嫌悪は覚えなかった。 「公爵家からのお話を蹴ってしまえば、我らパードフォード伯爵家は貴族社会での立つ瀬がなくなってしまう」  このヴィテンブリト王国では、爵位というのは立身出世においてもかなりの重要な部分を占めている。当主が幽閉されるとはいえ、公爵家と親戚筋になるということは家自体にとっての利益があまりにも大きかった。 「……お前はどうするつもりなんだい、イリス」  イリスは本来、父とカルドンとの話し合いに同席することは許されていなかった。それを、父が特別に許してくれたのだ。幼い頃からずっとエルキュールに焦がれていた彼女に、父は寛大だった。 「私、は……」  先日の公爵家でのことを差し引いても、イリスがエルキュールを拒むことはない。彼の幼い頃からイリスを一人の淑女として尊重し、言葉を交わしてきた彼と一緒になるものだと思って生きてきたのだ。  彼にこうして正式な結婚の話を持ちかけられたのは、イリスにとって幸せでしかない。 「喜んで、エングランツ公爵家からのお話をお受けしたいと思います」  その言葉に、カルドンの表情が明るくなる。恐らく彼も主からなにかをいいつかってきたのだろう。  イリスは幸福に震えそうになるのを堪えながら、にっこり微笑んでカルドンに頭を下げた。エルキュールの花嫁になりたいという幼い頃からの夢が、ようやく叶うのだ。 「どうかそのように、エルキュール様にお伝えください」 「かしこまりました。そのお言葉、必ず我が主に伝えさせて頂きます」  こうしてイリス・パードフォード伯爵令嬢は、二ヶ月の準備期間の後にエングランツ公爵家へ嫁ぐこととなった。  だが実際、結婚といっても豪華な催しなどは開かれない。家格のある伯爵令嬢としては異例のことであったが、王命を受けている以上は公爵家にもどうにもできないものだった。  エルキュールから送られた純白のドレスを着たイリスは、侍女数人を伴って新公爵邸――ダムアル邸と呼ばれていた屋敷へと向かった。
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