3 / 28

プロローグ-3

 王都の中心にある住宅街とは違い、広大な敷地を有するこの屋敷の夜は静かだった。  勤勉な使用人たちはみな寝静まり、先ほどまで狂おしく体を求め合っていた妻もすでに夢の中だ。  エルキュールは穏やかに眠る妻の頬にキスを一つ落とすと、緩慢な仕種で体を起こした。情事後のけだるさを残したままベッドから抜け出すと、水差しから水を汲んでそれを一息に飲み干す。 「残り半年……あと、たったの半年か」  少しだけ冷静になった頭の中で、残された命の期間を指折り数えてみる。  ――やはり、どこまでも絶望的だ。けれどこの瞬間にも、形の見えない呪いは死神のようにエルキュールに忍び寄ってきている。 「イリス。……君を誰かに傷つけさせたりなど、絶対にするものか」  体に不調は見られない。むしろイリスと結婚してからは、平穏な日々が続いているということもあってか好調だった。  あのけなげな妻は、愛想もなく彼女を突き放すばかりの自分をなにかと気にかけてくれる。温かいハーブティーを用意したり、寒冷地にいたせいですっかり荒れてしまった手指には薬草を塗り込んでくれた。  だが、だからこそエルキュールは彼女を突き放す。イリスは優しい娘だ。自分には勿体ないほどの愛情をくれる彼女に、最悪の未来をもたらすことだけはしたくない。 「君にはせめて、幸せになってもらいたいんだが」  足音を消してベッドに近づけば、わずかに疲労の色を浮かばせた妻は深く眠りに就いたままだった。  二年前はまだ子供のようだった面立ちは、時を経て美しい淑女へと姿を変えた。抱きしめてしまえば愛しさで歯止めがきかず、肌を合わせる度に抱き潰してしまう。 「なんとしてでも、あの呪いを――」  苦しそうに呟かれた言葉は、夜の闇の中に消えていった。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!