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公爵の帰還-7

「……わかった。君はまだ俺に夢を抱いているんだな。ある時期の少女が胸に抱く淡い夢だ。――君に手酷いことをすれば、いくらか現実を見てくれるのか?」 「え……」  すぐ耳元で聞こえた声と、ふわりと香るハーブの香り――王都で流行している香水の香りに、イリスはふと顔を上げた。  するとその目の前には、流麗なエルキュールの顔が迫っている。 「ぁ……エ、エルキュール様」 「現実を見ろ、イリス・パードフォード。俺はこんな風に、いくらでも非道に堕ちることができるぞ」  甘く低い声が、耳朶のすぐ横で聞こえてくる。濡れた息が髪に触れて、イリスは身動き一つ取ることもできなかった。ぞくりと背中を駆け上がってくる甘い痺れが、彼女から一切の自由を奪ってしまう。 「んっ……ぅ、ッ――ふ、っ」  そして次の瞬間、イリスは自分の身になにが起こっているのかが分からなくなった。  しっかりと頭を支えられ、薄く開いた唇にエルキュールのそれが重ねられる――無防備な唇に押し入ってきた舌先が、歯列を割ってイリスの咥内をくまなくなぞりはじめる。 「むぅっ――ふ、ぁぁっ! は、んん……」  ぷちゅ、と唾液が入り交じる水音が、頭の中で響き渡る。  なにか抵抗をしなくてはと思いつつも、エルキュールの手はイリスをしっかりと抱き留めたままなのでちっとも動けなかった。  呼吸が苦しくなり口を開くと、より深い場所まで彼の舌を受け入れることになる。顔を背けようとすると角度を変えて交わされるくちづけに、イリスはなす術もなく彼の腕に抱かれることしかできなかった。 「はっ……ぅ、ぅ……」  思い描いていた、恋人同士の甘いくちづけとはまるで違っていた。奪うようなそれはイリスの頭をたちまち蕩けさせて、なにも考えられなくなってしまう。  ようやく解放してもらえた頃には、酸欠で目の前がぼやけていた。ふらりと体を傾けたイリスを、エルキュールが抱き留めてくれる。 「ぁ……エルキュール、さま」  すっかり体に力が入らなくなったイリスは、いたたまれなくて目の前のエルキュールから目を背けた。普段は理性的なはずの彼の瞳は、見つめていれば火傷してしまいそうなほどの熱情を宿していたからだ。 「お戯れ、を――こんな、こと」 「戯れか。君がそう思うなら、それでもいい」  エルキュールはどこか寂しげにそう呟くと、軽くイリスの肩を押した。応接室のソファの上に体を投げ出されたイリスの上に、うっすらと微笑んだままのエルキュールが覆い被さる。 「君が、俺との婚約を破棄しないというなら」  イリスの白い手を取って、エルキュールはその甲にくちづけた。柔らかい唇の感触がくすぐったくて体をよじると、彼は追い打ちを掛けるようにその肌に舌を這わせた。 「んっ……」 「いつかこうして俺に抱かれることになるんだ。それが褥か……今この場所でかというくらいの違いしかない」  イリスのものよりも一回り大きな手のひらが、ドレス越しからその柔らかい体の輪郭をなぞる。普段は剣や指揮杖を持つその手が、まるで慈しむようにイリスの体を撫でていった。 「ぁ……あっ、や……っ」  素肌の上には何枚もの衣を重ねているというのに、彼に触れられた場所はじんわりと温かくなっていく。  至宝を愛でるように触れる彼の手が隠された彼女の足へ伸びた時、イリスは声を上げてしまいそうになった。恐らくここで彼女が叫べば、ベルやカルドンが駆けつけるだろう。  だがイリスはそれをせず、耐えるように堅く目を閉じた。 「……拒まないのか。俺を」 「わ、私からあなたを拒絶することは、ありません。あなたが私を拒むのならば、別ですが――」  なにをされるかは直感的に分かっていたが、彼を拒むようなことはしたくはなかった。  二年間、帰還を待ち望んでいた彼がようやく帰ってきてくれたのだ。  イリスは震える手を、エルキュールに向かって伸ばした。やや面食らったような彼の瞳が揺れるのを見つめながら、か細い声を出す。 「私からは、決してあなたを拒むことはありません」  消えてしまいそうな声だったが、それでもイリスは決して彼から目を逸らすことはなかった。 「そうか、だったらなにをされても……俺がなにをしても、君は俺を受け入れるということか」 「んぅぅっ……!」  言うや否や、エルキュールは舌先で再度イリスの唇を舐めた。そしてそれを彼女の咥内に潜り込ませ、口蓋を押し上げるようにしてイリスを蹂躙する。  くちゅ、と甘美なほどに淫らな水音が繰り返される度、イリスは蕩けてしまいそうなほど甘い痺れに体を支配された。  冷たい言葉ぶりとは裏腹に彼の手は優しかった。くちづけはにわかに苦しかったが、それ以上に辛いことや、痛いことを彼はしてこない。 「ぅ……ちゅ、っは……!」  絡み合っていた舌同士が離れると、エルキュールはイリスの着ていたドレスに手を伸ばした。酸素が行きわたらずぼうっとしたままのイリスの視界に、ゆっくりとその着衣をくつろげようとするエルキュールの手が映る。
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