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公爵の帰還-4

 まず時候の挨拶と、長期にわたる不在への謝罪から始まった手紙の中には、イリス側からの婚約破棄を勧める文言が記されていたのだ。  王命で二年、国境近くの戦線にいたエルキュールは、そこでなにかしらの心境の変化があったらしい。もし自分との婚約が原因でイリスの今後に支障を来すならば、エングランツ公爵家が支援をおこなうとまで書いてあった。 「婚約破棄だなんて、そんな――」  しかも、エルキュール側からの破棄の申し出ではないのだ。  あくまで伯爵家からの破棄の申し入れを勧めるというだけが手紙に書かれているのだが、国王の親族であり、家格で勝る公爵家にこちらから婚約破棄の申し入れなどできるはずがない。  顔を青くしたイリスは、震える指先で確かめるようにエルキュールの文字をなぞった。  この二年、こちらから手紙を送ってもエルキュールからの返事はほとんどなかった。多忙を極めているのだとも思っていたが、もしかして彼は他に添い遂げたいと思う人ができたのかもしれない。 「……お父様、お願いがあります」 「どうしたんだね、イリス」  けれどイリスが知っているエルキュールは、誰に対しても誠実な人となりをしていた。婚約を破棄するにしろ、その理由くらいは教えてくれるはずだ。  もし彼への想いを断てと言われるならば、エルキュール本人からきっぱりとその申し出をしてほしかった。わがままだと分かっていても、イリスはまだ彼に会ってすらいないのだ。 「明日、エングランツ公爵邸へ使いを出していただきたいのです。一度エルキュール様に会って、せめて一言だけでもご挨拶をしたくて」  エルキュールが会いたくないというのならば、それも仕方がないことだ。そうなったら諦める覚悟は、イリスにもできていた。 「失礼であるのは承知の上です。エルキュール様に正式に破談を申し込まれたら、私もそれに対して異議は唱えません」  唇を引き結んだイリスの痛ましげな表情に眉を寄せた父は、翌日エルキュールの元へ使いを出すと約束してくれた。もしそれで彼と会うことが叶えば、ほんの少しだけでもイリスの心は癒されるだろう。  自分にそう言い聞かせつつ、その後開かれたパーティーでもイリスはどこか上の空だった。成人の祝いとして母から送られたネックレスや、会場に届けられた大輪の花束――どれも美しいものだったが、結局イリスは一晩上の空で過ごすことになってしまった。
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