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公爵の帰還-2

「さあお嬢様、今日はとびきり綺麗にしましょうね!」  ベルが意気込んでいるのを見て、どんどんイリスも嬉しくなってくる。自分の誕生日にこれほどの幸運が重なってもいいものなのだろうか、完全に彼女の心は浮き足立っていた。  豪奢な金色の髪を結わえ、普段着のドレスを美しい刺繍が施された空色のものに着替えると、自分が物語のお姫様になったような気分になる。 「こちらをどうぞ、お嬢様。奥様よりお預かりしているものでございます」 「これは……ネックレス? ずいぶん豪華なもののようだけれど」  すっかりイリスが着飾り終わった後、ベルは真紅の宝石入れに用意されたネックレスを差し出してきた。美しい真珠のネックレスは、豪華に三連の形になっている。 「奥様が結婚なされた際、奥様のお父様――つまり、イリス様のお祖父様から頂いたものであると伺っております」 「おじいさまから?」  母方の祖父は、イリスが生まれる前に亡くなっていた。  顔を見たこともない祖父が、かつて母に贈ったネックレスは、時の流れを感じさせないほどに美しい。 「奥様は、是非これをお嬢様にとおっしゃっておりました。今宵のパーティーでおつけになってみてはいかがでしょう?」  母から贈られたそれは、金糸銀糸で彩られたドレスにも一切引けを取らないほどの美しさだ。十八歳、成人としての誕生日にそれを贈られたことが、イリスは言葉にできないほど嬉しかった。  それをつけた自分を想像したイリスは、ほうと小さく息をつく。 「きれい……」  子煩悩な父親に代わり母は厳しい人だったが、それでもイリスのことをよく愛してくれた。太陽が傾く部屋の中でベルにそれをつけてもらいながら、彼女は壁掛け時計が鳴く音を聞いた。 「そろそろお父様も帰って……あら?」  国王の執務が終われば、父も戻ってくるはずだ。  馬車の戻りはまだかと窓を覗いた時、イリスは転がるように馬車から降りてきた父の姿を見た。 「ねえベル、お父様が帰ってきたわ」  だが、慌てたようなその様子はどこか変だ。  娘の誕生パーティーのために急いで戻ってきたというのは、あまりにも切羽詰まりすぎているような気がする。 「王宮にエルキュール様のお顔を見にいくって言っていたけれど……ご挨拶の席でなにかあったのかしら? もしかして、エルキュール様が怪我を?」 「お嬢様、お待ちください! ベルめが話を伺ってまいりますので、どうかお嬢様はここに!」  尋常ならざる様子の父に、イリスとベルは互いに顔を見合わせた。  父の様子がおかしいということは、王宮でなにかがあったのかもしれない。もしや遠方から凱旋したエルキュールが、大きな病や怪我でも負っていたら――そう思うと居ても立ってもいられなくて、イリスは侍女が出ていった部屋の中をぐるぐると歩き回った。 (嫌な予感がするわ……)  胸がざわざわして、どうにも落ち着かない。  やがてベルが息せき切って部屋まで走ってくると、イリスは間髪を入れずに彼女に問うた。 「ベル、なにがあったの? お父様は一体……」 「た、大変ですお嬢様! 旦那様が、すぐにお嬢様をお呼びするようにと……エングランツ公爵様が、公爵様が――」  悲鳴のようなその声を聞いた瞬間、イリスの胸に掛けられていた三連のネックレスが音を立てて弾けた。 「きゃあっ!」  パンッと音をあげ、勢いよく飛び散った真珠たちは四方八方へと飛び散っていく。だが、イリスはそれに目もくれずに父のいる広間へと走った。
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