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Mandarin orange

大きな拍手がホールを包む。 指揮をしていた先生の方を見ると、口元だけ上げて先生は笑った。 「指揮 桐山拓未、伴奏 一ノ瀬椿」 名前がコールされると、一際大きな拍手が鳴る。 私は深々と頭を下げながら、込み上げる涙を我慢するのに必死だった。 私にとって三度目の合唱祭。 一緒に『Mandarin orange』を無事弾き終えたという安堵、それからやり遂げたという気持ちを思い出し胸が震える。 「また泣いてる。もう何回も見たんじゃなかったの?」 先生は苦笑いしながら、人差し指で私の涙をそっと拭う。 卒業式を終えた私は、先生のマンションで合唱祭のDVDを見ていた。 「だって今年も先生と演奏できたんだなって思うと」 「そうだね、二人にとっても最後の『Mandarin orange』だと思うと、感慨深いね」 先生は学園の理事長の推薦もあり、春からは新設の音楽専門学校で講師として働くことになっている。 「感動に浸るのもいいんだけど、僕としてはあの時の続きをしたいと思っているんだけどな」 テーブルの上に置かれていたマンダリンオレンジに手を伸ばした途端、私の手からそれは奪われてしまう。 「名前で呼ばないとこれはお預け」 拓未くんがマンダリンオレンジの皮を剥くと、部屋の中に柑橘の爽やかな香りが広がる。 「拓未くん……」 「良くできました。はい」 口に放りこまれた果実は甘酸っぱい。 「続きって何?」 「口で言わないとわからない?」 拓未くんはそう言って、私にキスをした。 意味を理解した私は、顔から火が出そうになってしまう。 結ばれようとしていた三年前のあの日、事もあろうに理事長からの激励の電話がかかってきて、私と拓未くんは我に返った。 教師と生徒という立場や、音楽準備室という場所だということを思い出して。 降り始めた雪を見ながら、私が卒業したら、もう一度二人の気持ちを確認しようと約束をして、私と拓未くんは別れた。 三年の間、やっぱり拓未くんを好きな子の多さに不安になったし、先生としての拓未くんとの距離の遠さに泣きたくなることもあった。 でも合唱祭の前日だけ、先生は拓未くんに戻って額にキスをしてくれた。 私が昔拓未くんにしたみたいに、「大丈夫だよ」と言って。 「今日は途中でやめるつもりないよ」 私はあの日のように、返事の代わりに拓未くんに自分からキスをした。 テレビからは初のアンコール演奏をした『Mandarin orange』が流れていた。 Fin
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