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合唱祭

翌年、私は再び姉の合唱祭を見に学園に来ていた。彼に会えるかもしれないという淡い期待を抱えて。 合唱台の上に一年生が並び終えると、続いて指揮者の先生と伴奏者の名前がコールされた。 「指揮 橋本万里子、伴奏 桐山拓未」 ドレス姿の指揮者が出て来ると、大きな拍手がホールに広がる。 指揮者に少し遅れ、学生服姿の小柄な男の子が舞台袖からでてきた。 中央に並び大きな拍手を浴びる、指揮者と伴奏者。 間違いない。あのお兄さんだ。 演奏が始まり、私は注意深く伴奏に耳を傾けた。 今日は今年一番の冷え込みだと言うし、悴んだ指が動かなくてまた失敗してしまうんじゃないかと心配していたのだけれど、そんなのは杞憂に過ぎなかったようだ。 拓未くんは落ち着いた演奏をしている。 繊細で優しく歌に寄り添うように、拓未くんはピアノを弾く。歌声に静かに溶け込みながら、音色を変化させて。 きっとすごく練習を積み重ねたんだろう。 その姿には自信が垣間見える。 「次で合唱最後の曲になります。選抜メンバーによる『Mandarin orange』をお聴きください」 『Mandarin orange』――去年拓未くんと別れてから確認した時も、確か一番の曲名はこの曲になっていた。 「椿、お姉ちゃんいた?」 お母さんが目を細めながら、選抜メンバーに選ばれたという姉の写真を撮る為に探している。 「二列目の右から三番目だと思う」 「あ、ホントだわ。お姉ちゃん選ばれて良かったわねえ」 誇らし気にお母さんは言う。 『Mandarin orange』を歌う選抜メンバーに選ばれるのは、ほんの一握りらしい。 そう、お姉ちゃんがお母さんに昨日自慢気に話していた。 「去年は伴奏者の子が途中で止まっちゃって、みんな可哀想だったでしょう。今年はそんなことないといいけど」 お母さんはカメラを覗きながら小声で言う。 旧校舎で一人泣いていた拓未くんを思い出して、私は胸が苦しくなった。 「お母さん、この曲ってそんなに難しい曲なの?」 「そうねえ、かなり難しそうな曲だったわよ。あ、始まるみたい」 指揮者が指揮棒を振り上げる瞬間を、緊張した面持ちで待つ拓未くん。 私はいつの間にか祈るように手を組んでいた。
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