5 / 9

出会い

拓未くんとの出会いは、当時姉が通っていたこの学園の合唱祭を見に母親に連れてこられた日。 途中で私はトイレに行くとうそぶき、ホールを抜け出し校舎へ忍び込んだ。 高校は未知の世界だったし、年の離れた姉がいつも自慢気に話してくるのが面白くなかったから、話が本当なのか確かめてやろうじゃないかという探偵ごっこ気分で。 でも、そんな気分は穴の開いた風船のようにすぐに抜けていってしまった。 なぜなら、私は迷子になってしまったから。 早足で歩きまわっている内に、いつの間にか校舎の奥深くに入ってしまっていたらしい。 古めかしい校舎に人気はなく、冷えきっている。 さっきよりもなんかゾクゾクする気がするのは気の所為だろうか。 寒いし、道はわからないし、もうダメだと泣きそうになった時、聴こえてきたすすり泣く声に、私はごくりと唾を呑んだ。 泣き声を幽霊のものだと勘違いしたのは、当時毎晩きまって学校の怪談話を私に聞かせてきた姉のせいだ。 迫りくるペタペタという足音、続いて背後からかけられた「ねえ」という声が、誰もいない薄暗い校舎に響き、私は震えあがる。 「君、どこから来たの?」 怪談は質問に答えると、幽霊の代わりに自分が校舎に閉じ込められてしまうという話だった。 だから肩を叩かれた時、私は腰を抜かしてしまって。 泣きながらぎこちない動きで振り返ると、微かに目を赤くした美しい顔をした男の子が私を見ていた。 「……悪霊退散!南無阿弥陀仏!お願い、消えて」 男の子は一瞬首を傾げて私を見る。 ダメだ、全然効果がない。お姉ちゃんのバカ。こうやって唱えれば大丈夫って言ったのに。 「僕のことオバケだと思っているの? ほら、僕は生身の人間だよ」 彼はクックッと可笑しそうに笑いながら、私の前に手を差し出した。 おそるおそる触れると確かに透けていないし、温かい。 「オバケ……じゃない?」 「うん、違う。迷子になったの? ここは旧校舎だから、勝手に入ると危ないよ」 にっこり笑う彼は天使みたいに綺麗で、すっかり私は安心してしまった。 「旧校舎だから、誰もいなかったんだ」 「うん、もうすぐ取り壊す予定だから、ここには誰も入らないね」 「お兄さんはどうしてここで泣いていたの?」 彼は苦笑いしながら「見られちゃったか」と、呟くように言った。 「誰もいないところに行きたかったんだ。君は合唱祭を見に来たの?」 「うん、お姉ちゃんがいるから。もう合唱祭は終わったの?」 「そっか。今はオーケストラや吹奏楽の演奏をしているはずだから、あと少しかな」 彼はそう言うと、私の横に腰を下ろす。 「良かった、全部終わるまでには私帰らなきゃいけないんだ」 「それなら、もう少ししたらホールまで連れて行ってあげるよ」 「ありがとう。どうして誰もいないところに行きたかったの?」 「今日、僕は合唱曲の伴奏をしていたんだ。でも、最後の曲で止まっちゃってさ」 淡々と話す彼だったけれど、表情は硬い。 最後の曲ということは、私は聴いていない曲だ。 「みんなにあわせる顔がなくて、終わった途端に僕は逃げてきてしまったんだ」 「お兄さんは本当は帰りたくない?」 「うん……君が現れなかったら、このまま逃げてしまったかも。でも君を見つけて、実はほっとした。帰る理由ができたからね」 「帰る理由?」 「うん、そう。君を送り届けるというね」 「帰るの怖い?」 「うん、みんなきっと怒っているからね。でも何より、失敗したのが悔しくて仕方がない」 彼はぎゅっと唇を噛む。その横顔は今にも泣きっだしそうに見えた。 さっきみたいに笑っていてくれたらいいのに。とっても綺麗だったから。 私は彼の手を掴んで立ち止まる。 「どうしたの」 「お兄さん、しゃがんで」 「こう?」 中腰になってくれた彼の額に、私はそっと唇をつけた。 「おまじないなの。発表会で緊張して帰りたくなると、ママがしてくれる。そうすると、大丈夫だよって思えるの」 そう言って離れると、彼の顔は真っ赤になっていて、私も急に恥ずかしくなってしまった。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!