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先生ってもしかして

先生は私のことを、前から知っているの? でも話をしたのは、音楽の授業が始まってからだし。それだって週に一度で、それほど言葉を交わした記憶もない。 「椿がコンクールで何度も入賞するほどピアノが上手いのは知っていたよ。だから、この学校の合格者名簿に名前が載っているのを見て、とても驚いた。てっきり音高に行くんだと思っていたからね」 「どうしてそんなことを知っているの?」 顔を上げると、先生は少しだけ力を緩めてくれる。 「僕が椿を知っている理由? 椿はもう忘れちゃったんだね。僕に昔会っていることを」 「先生に?」 先生はいつもの冷たい表情じゃなくて、とても優しい顔をしている。 頭の中で、誰かの姿がフラッシュバックした。 誰……誰だっけ。 「椿、ちょっと退いて。この曲、覚えてない?」 先生は私を立たせ代わりに自分が座ると、ピアノの上に指を置いた。 すっと一呼吸して腕がふわりと浮き、先生の指が鍵盤を叩く。 先生のピアノはとても優しい音がする。 懐かしい感じのするような、ってあれ……。 「っ……この曲! Mandarin orange」 つい大きな声が出てしまった。 それは昔ここの合唱祭で聴いて感動した、合唱曲の伴奏パートだった。 その時の感動が忘れられずに、ピアノ講師や親の反対を押し切ってこの学園に入学したんだから、忘れられるはずがない。 それにこの演奏は。 「もしかして拓未くん?」 学生服に身を包んだ天使のような綺麗な男の子の姿が、頭に浮かぶ。 「僕の後を追いかけてきてくれたんだって、名簿を見て感動したのに。椿はまるで覚えていないみたいだったからがっかりしたよ」 「だって、あの頃と全然違う」 「そりゃあね。まだあの時は今の椿と同じ年だったから。僕だって変わるよ」 「嘘、先生が拓未くんだなんて」 あの頃とは違い可愛らしさは消えたけれど、確かに拓未くんの面影はある。 「私、拓未くんの弾いていた姿が忘れられなくて、ここに来たの。三年生になったら伴奏者をやりたいって思って」 「そう、それならとても嬉しいよ。僕は自分が一年の時に代理交代で伴奏者になって、練習不足ですごく悔しい思いをしたから、椿にはそんな想いをさせたくなかったんだ。周りから色々言われることも含めてね」
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