3 / 9

どうして私を選んだの?

こんなことになった理由は、私が先生を怒らせたからだ。 初めて先生のところに顔をだしてから三週間。 少しのミスタッチも許さない桐山先生の厳しさに、私はすっかり参っていた。 学園の先輩たちから睨み付けられたりすることにも。 誰だって思うに決まっている。なんで一年が伴奏者をやるんだって。 同学年の子達からさえ冷たい視線を送られることもあって、精神的に参っていた私は、先生から厳しいことを言われ、「ついもう伴奏者なんてやめたい」と、泣き言を口走ってしまった。 先生は、「一度引き受けたのに、それは無責任だね。一ノ瀬がそんなにいい加減に考えているとは思わなかったな」と、不機嫌そうに呟いた。 「辞めさせてくれないなら、先生にいたずらされたって言いふらしますから!」 頑張っていると先生にだけはわかってもらえると思っていたのにという、私の勝手な逆恨みだけど、私は先生に向かって感情を爆発させた。 本当に言いふらすつもりなんてなかった。ただ、口から出てしまっただけだ。 「本当に辞めたいんだ」 ごめんなさいって言えば良いのに、強情な私は「はい」と答えてしまう。 「そっか、わかった」 先生はそう言うと、立ちあがって音楽室に鍵をかけた。 「賭けをしよう。僕に何をされても、この曲を弾ききることができたら伴奏者をやめることを認めるよ」 賭けって目隠しとか暗譜とか速弾きとかだよね。それなら多分できる。 もっと難しいことを言われると思ったのに。やっぱり先生は、本当は私に続けて欲しいと思っていないんだ。 先生が本気で引きとめてくれないことにもやもやする。 また代理を立てればいいんだから。私じゃなくたっていいに決まっているけれど。 「……そんなの簡単です」 むっとしたまま答えると、先生は彫刻のような美しい顔に冷たい笑みを浮かべた。 「ふうん、じゃあ一ノ瀬のお手並み拝見といこう」 あれ、なんか先生すごく怒っている? 引くにひけないままピアノを弾きだした私に、先生は「いたずらするんだったね、僕が」と冷たい声で言うと、真後ろに立って長い指先で首筋を撫でる。 「え?」 それはすごく繊細なタッチだった。鳥の羽で撫でられているみたいに。 そのあとはもうよく覚えていない。とにかく私が勝負に負けたわけだ。 「さあ、もう一度初めから弾いて」 まだ混乱している私に、先生は何も無かったかのような平然として顔をして、グランドピアノにもたれ掛かりながら言う。 先生にされたことを思い出すと、恥ずかしさで死にたくなるっていうのに。 「先生はどうして私を選んだんですか……」 溢れてくる涙を止められない。 「他にもたくさんピアノが弾ける先輩はいるはずなのに」 「そんなに選ばれたのが不満なの?」 桐山先生は投げやりに息を吐く。 「だって、みんなそう言っているから……」 「ピアノの上で泣くと鍵盤に浸み込むから、こっちを向いて」 「泣くのくらい自由にさせてください」 「いいからこっちを向きなさい」 先生の強い口調に顔を上げると、そのまま引き寄せられた。 涙で濡れた薄いワイシャツが透けて、先生の体温や肌の感触が伝わる。 「こんなのずるいです」 「何が」 「優しくしたり冷たくしたり、もうわけがわからない」 「さっきは僕が悪かったよ。一ノ瀬が悩んでいるのを分かっていたのに、厳しく言い過ぎた」 「私こそ、ごめんなさい、やめるつもりなんて……ヒック……本当はなかったのに」 「つい指導に私情が入りすぎたのも認めるよ」 「私情?」 「他の教員たちから代理の伴奏者に一ノ瀬の名前が挙がった時、僕は反対したんだ」 先生は私じゃないほうが良かったんだ。止まりかけていた涙がまたじわじわと滲み始める。 「泣き虫だね、椿は。そういう意味じゃないよ」 今、先生私のことを椿って言った?
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!