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憧れの先生

「緊張する……」 音楽準備室の前で立ち止まり、大きく深呼吸をする。冷たい空気が肺を冷やし、頭の中がクリアになった。 伴奏者が入院することになったからと、代理を頼まれたのは、つい今朝のこと。 学園のメイン行事である合唱祭は、例年一人の伴奏者が全学年の伴奏を務める決まりになっている。 指揮は音楽教師が務め、伴奏者は放課後みっちりと指導されるらしい。 選ばれたのはとても光栄なことだ。でも本当に私で大丈夫なんだろうか。 音楽の桐山先生は厳しい先生として有名で、例年伴奏者は毎日泣きながら帰るんだと聞く。 ピアノに自信がないわけじゃないけれど、やっぱり心配になってしまう。 でも桐山先生に授業以外で会えるなら、引き受ける以外の選択肢なんてない。 入学式で一目惚れしてからこの一年、ずっと想い続けてきたんだから。 「1年B組の一ノ瀬椿です。失礼します」 ドキドキを抑えながら、音楽準備室の扉を開けた。 デスクに向かっていた桐山先生がゆっくりと振り返る。 鋭い切れ長の瞳が私を捉えた途端、射竦められたように動けなくなってしまう。 先生は妖艶で美しい。男性ではあるけれど醸し出される色気が凄くて、前に立つのが恥ずかしくなるくらいだ。 「待ってたよ。急に伴奏を頼んで悪いけど、レッスンをするから放課後は毎日音楽室に来て欲しい」 「毎日ですか」 「もうあまり時間がないからね。うちの合唱祭は理事長がとても力を入れていて」 「はい、知っています」 「うん。歌は勿論だけど、伴奏は失敗が許されないから。毎年音楽教師が責任を持って指導することになっているんだ」 失敗は許されないか。責任の重さを改めて感じる。 「よろしくお願いします」 「週明けまでに譜読みをしてきて」 「え、月曜までにですか?」 合唱曲の譜面が五曲分。もちろん読むだけでいいわけじゃないし。 「一ノ瀬ならできると思ったんだけどね」 残念だと言うように、先生はため息をついて楽譜を引込めようとする。 「で、できます! やってきます」 「そう、良かった。じゃあ今日はもう帰っていいよ」 桐山先生はそう言うと、くるりとデスクのほうに向きなおってしまった。
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