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chapter2 + 14 +

   * * *  その日は雪が降りそうなほど寒かった。  紫がかった灰色の雲がどんより、幾層にも重なって空を覆っている。  窓から見える景色は真昼間だというのに、小手毬の心をずしりと重くする。      ――ジュウおにいちゃん、今日も来てくれないのかな。      同じ病棟内にいるはずなのに、診療科目が違うとこうも会えないものなのか。  午後の休憩のときに数分でいいから、来てくれればいいのに。  それとももう、小手毬のことなどどうでもよいのだろうか。  設けられている面会時間はいつだって手持無沙汰。  オソザキが次に来るのはクリスマスごろだと言っていた。年末で仕事が忙しいそうだ。  それでもオソザキに頼まれているのか、週に一回はハヤザキが彼女からの花束を届けに来てくれる。  ハヤザキから花束を受け取るひとときに、小手毬はほんのすこしの幸せを感じる。  まるで彼が自分だけのためにお花を送ってくれるみたいで。     「ハヤザキ、今日のお花は鉢だね?」 「クリスマスが近いから、ポインセチアの寄せ植えをお願いしたそうですよ」 「そっかぁ、クリスマス……」  どこか懐かしそうに微笑む小手毬を見て、早咲も頷く。   「あのね、ハヤザキ。クリスマスになるとね、毎年ジュウおにいちゃんのおうちでパーティをしたんだよ。おおきなクリスマスツリーに家族みんなで飾りをつけるの。その日だけはお仕事で忙しいお母さんとお父さんも一緒なの。もう、十年以上まえの話……なんだけど」 「! ――そうなんですか」 「うん。金や銀の折り紙でお星さまのオーナメントを折ったり、お庭で拾った松ぼっくりにビーズをデコレーションしたり、ジュウおにいちゃんのお母さんがオーブンでチキンを焼いたのをごちそうになってね……さいごはチョコレートクリームがたっぷりかかったブッシュドノエルを切り分けて、銀紙で包まれたコインチョコが中に入っているひとを祝福するの……なぜかあたしばっかり入ってた気がするの。おめでとうって言われて、どうしておめでたいんだろうって不思議になりながらも、コインチョコレートをブッシュドノエルと一緒に食べたの」  早咲は彼女の記憶が歪んでいることを指摘することなく、うんうん、と相槌をうつ。  共働きで忙しくしていた彼女の両親がほんとうの親だと思い込んでいる彼女に、真実を告げるのは酷だから。  亜桜小手毬が病院へ搬送され緊急手術を受けた翌日、早咲は桜庭雪之丞と面会している。  財閥の若き虎が世間から隠していた愛する娘。彼は助けてほしいと頭を下げた。  複雑な家庭環境ゆえに隔離された可哀そうなお姫様。それが小手毬なのだと。  けれど、まさかその彼が彼女より先に逝ってしまうとは、皮肉な話だ。    雪之丞が死んだことで、桜庭家は小手毬を見捨てる選択をした。  正妻は彼が死ぬまで知らなかったのだろう、隠し子の存在を。  そして見ず知らずの小娘に治療費という名の大金が送られていたことを是としなかった。  この先彼女がどうなるのか、彼女にどう説明すればよいのか、病院関係者は戦々恐々とした日々を送っている。  けれど、病床にいる彼女に、そのことを告げる勇気がハヤザキにはない。 「それは、楽しそうですね」 「楽しかった……なあ」  ふと、大人びた表情に戻った小手毬は、早咲に切なそうに告げる。   「楽しかった、の」  ジュウおにいちゃんもいたし、アカネもいた、それから……  思い出そうとして、小手毬はぶん、と首を振る。いけない、頭痛の兆候だ。  それを見て、ハヤザキは慌ててポケットから薬を取り出す。 「無理に思い出そうとするのはよくないですよ。お薬を飲んですこし、休んでください」 「……ん」  何かを思い出しそうだっただけに、小手毬は口惜しそうに項垂れる。  水の入ったマグカップを片手に、何も言わずに薬を口の中へ放り込む。  流れるような動作を見守った早咲はほっとした表情で彼女に伝える。 「あとで、ジユウくんに来てもらいましょう」 「え」 「陸奥先生が心配していましたよ。十二月に入ってからめっきり顔を出してないから。研修で忙しいとはいえ、お姫様のご機嫌取りに伺いに来てもらわないと困る、ですと」 「ミチノクが……?」  陸奥の名を聞いて、小手毬の心がざわめく。  毎日のように「ジュウおにいちゃん」と口にしている小手毬を咎めることもなく、「どうだろうな」と困った顔して受け入れてくれた陸奥。彼は小手毬を心配してくれていた……?  なぜだろう、自由に会えるかもしれないという喜びよりも、陸奥に陰で心配されたという話の方が嬉しく感じる。  そんな小手毬を見て、早咲は安心したように穏やかな微笑を見せた。
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