13 / 20

第13話

真珠子(しずこ)、髪型を変えたのかい? うん、いいね」  出かける準備を終えて玄関に下りてきた真珠子(しずこ)を見るなり、翠良(あきら)が微笑んだ。 「あ……秋嶋が、きよさまとのお出かけなら、下ろした方が気分が変わるからと言って……」  いつもきっちりと髪を結い上げているのが常だった真珠子(しずこ)は、髪を下ろして後ろに大きなリボンをつけたおろし髪が気恥ずかしくて仕方がない。 「いつもの桃割れに結い上げているのも可愛らしいけれど、そうしておろし髪にしている方が似合っていいね。ねぇ、碧志(きよし)」  ニコニコと微笑みながら褒めちぎる翠良(あきら)に同意を求められた碧志(きよし)だったが、黙ったまま真珠子(しずこ)を見ているだけだった。 「碧志(きよし)?」  兄に呼びかけられてはっと我に返った碧志(きよし)は、慌てて口を開いた。 「あっ、ああ。そうだな。うん……、似合うんじゃないか……」  慌ててしどろもどろに真珠子(しずこ)を褒める弟の顔をチラリと見て、翠良(あきら)は大袈裟にため息をついた。 「まったく。髪型を変えたくらいで真珠子(しずこ)に見惚れて……。純情バカにもほどがあるってものだよ」 「うるさい! 行くぞ、真珠子(しずこ)」  美しい顔を耳まで真っ赤に染めて、碧志(きよし)は兄の言葉を打ち切って、真珠子(しずこ)の手を引いて玄関を出た。  仕事も女遊びも、なんでもそつなく優秀にこなしてきたのであろうと思っていたが、予想よりもずっと碧志(きよし)初心(ウブ)なところがあるらしかった。  自動車の中でもしばらく赤い顔でブツブツと兄の文句を言っていた碧志(きよし)だったが、三越に着くころには機嫌も直り、真珠子(しずこ)が採寸されている間に、楽しそうにドレスや小物を見定めていたようだった。  ずらりと並べられたドレスの中でどれがいいかと訊かれても、洋装など着たこともない真珠子(しずこ)に選べるはずもなく、結局碧志(きよし)の勧めるものに決めた。  昼食は日本橋で洋食を食べ、浅草で活動を観て、アイスクリームを食べた。百貨店に入るのも、洋装を買うのも、レストランに入るのも、アイスクリームも。なにもかも初めてのことばかりで、真珠子(しずこ)は目が回りそうだった。  しかも真珠子(しずこ)を連れて歩く碧志(きよし)が人目を集めるのが当然といった風貌の美男子で、とても楽しそうに快活にふるまうものだから、余計に羨望のまなざしが真珠子(しずこ)に注がれることになる。だから、貧乏な田舎育ちの真珠子(しずこ)は、街の賑わいに輪をかけて周囲の視線に酔ってしまいそうだった。  帰りの自動車の中で、碧志(きよし)は手のひらに乗るほどの大きさの包みを手渡してきた。 「今日の……、東京見物の記念だ」  驚きながら礼を言って包みを開くと、木目の美しい柘植の櫛が入っていた。 「その髪……。うん。似合ってるぞ」  つっけんどんにそう言って窓の外を眺める碧志(きよし)が、運転手から見えないように櫛を持ったままの真珠子(しずこ)の手を座席の上で握った。 「……きよさま……」  手が、熱い。 碧志(きよし)の熱なのか、自分の熱なのか。 ただとにかく握られた手から伝わる熱が、真珠子(しずこ)の体の奥へと沁みて頬が熱くて前が見られない。  男のひととは、こんなにも熱いものなのか……。 真珠子(しずこ)は胸が灼けるような初めての感覚に、ただ頬を染めてうつむくばかりだった。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!