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第3話

   ………誰?    まず最初に思ったのが、それ。  会社の人じゃない。  うちの会社は決して小さくないけど、それでも社内の人と顔を合わせたらわかる自信はある。各部署にも飛び回るし頭も下げてきたんだから。  50歳は過ぎてそうな、中年の男性。恰幅の良い体格が窮屈そうにスーツに包まれている。  腕時計と靴は良いものだし、灰色の髪も上品そうに整えられていた。  でも…… 「やっぱり周か。女連れでバーとはいいご身分だな」    ……なんなのこの言い方。  隠しきれない品のなさが表情や言葉の端々からダダ漏れもいいところで。  大人げなくも思わずムッとしかけたのに、周くんは笑顔を守っていた。 「どうも、聡彦さん」 「ふーん?若造のくせになかなかの女連れてるじゃないか」    ……なんなのこいつ。  私の顔から足の先までジロジロ値踏みするように、ねっとりと視線を巻きつかせてくる中年男に気分は最悪だった。  周くんは身体で私を隠すようにしてから、それでも笑顔で続ける。 「そのような言い方をされると、聡彦さんの品性が疑われますよ」 「……なんだ?その言い方は」    それはこっちのセリフだっつーの!  今にも飛びかかりそうな私の手を、周くんはそっと握った。大丈夫だよ、と小さな声でささやく。  周くんが聡彦と呼ぶ中年男は唇をひくつかせながら周くんをにらんでいた。 「……気分を害された。俺は出る」 「そうですか」 「せいぜい女と遊んでるんだな」 「いい夜を」    決して相手にしない周くんに、聡彦の神経が逆なでされたらしい。  お店から出て行く直前に振り向くと、周くんを指さして言った。 「いくら社長の息子だろうと、俺はお前を次期社長なんて認めないからな!」  残された私はポカンとするしかなくて。  なんて言うんだっけ、こういうの。  そうだ。青天の霹靂。 「……そんな顔しないでよ、先輩」    困ったように眉を寄せる顔は私のよく知る年下の恋人。  いや、でも、彼が想定外の展開に困っているらしいことは理解してる。  頭では理解できてるけど、実際困ってるのは私の方だ。    さっきまで私たちはとてもいい雰囲気だった。    仕事のあとイタリアンで食事をして、まず居酒屋に向かった。軽く3杯くらいあおったと思う。  ほどよく酔いはじめた頃、2件目のバーに移動した。ほの暗い店内と雰囲気ある照明も手伝って、物理的な距離も縮まるのは必然だった。    恋人になって約半年。  同じ職場の先輩と後輩。私が先輩で、彼が後輩。  直属ではないけど同じ課に勤めてるし、私の同期が彼の直属上司になってる。  そのくらい近いところに彼はいた。  でも、私たちの関係はおおっぴらにしていない。理由は単純かつ明確。  恥ずかしいのと、仕事も色々やりにくくなるからだ。    
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