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第51話

「待っ……んぅ」  顔を背けようとしたけど、もう遅い。  口を開けた時点で負けだった。 「ん、っんぁ……」  角度を変えながら、もっとというように周くんの舌が奥へと侵入してくる。  でもさっきみたいな強引さはなくて、まるで慈しむように咥内を味わっているみたいで。抵抗することに罪悪感が生まれるような、なんだか変な気分になるキスだ。されているのは私なのに、周くんを包んでいるのも私みたいな、そんな感じ。  ちゅ、と最後に優しく口づけられ、押しつけられた背中がドアから離れたと思ったら、ふっと身体が浮いた。 (――えっ) 「ちょっと待」 「立ったままも僕は好きですけど、さすがに外に響きますし。せめてソファかな」 「それも嫌だから!」 「落ちますよ」  あわてて手足を動かすと、周くんは微動だにしないまま私を抑え込んで微笑む。  にらんでみてもどこ吹く風だ。さっきまでの可愛い、ちょっと弱々しく見えた周くんはどこに行ったの。 「下ろして」 「なんで?間違いなくする気になってましたよね」 「だっ……!い、今ここではナシ」 「資料室のほうがいいですか?」 「ナシ!っていうかなんで資料室」 「だって」  ソファに下ろされて圧しかかられた。  周くんは細いけど、押し倒されたらかなうわけがない。でも正面も向けなかった。今またキスをされたら最後までしちゃう可能性の方が高い。……我ながら情けないけど、高い。 「だ、だって……何」 「琴乃さん、資料室でエロいことするの好きですよね」 「好きなわけないでしょ」 「コピー頼まれてるの見るたびハラハラするんですよ」 「なに言っ」 「この前も佐野さんに好き勝手させて」 「あれは会議し……じゃなくて、だから前も言ったけどそんなこと、痛っ」 「させてたでしょ」  重なった手に力が入る。指の間が痛い。 「……させて、ない」 「させてた」 「違う、佐野は」 (抵抗らしい抵抗はしなかったから、そうとも受け止められるのかもしれない) (……でも)  佐野はあの時、何もしなかった。  キスは確かにされた。でも、その後は何も……自分の不甲斐なさに「殴ってほしい」とまで言い出した私に呆れただけだからだとしても。佐野は自分の意志で「好き勝手しない」ことを選んだ。  そういうやり取りがすべてなかったことになるような周くんの言い方は、どうしても否定したい。 「佐野さんは?なんです?」 「……好き勝手なんて、されてない。私が情けなかっただけ」  ギシ、とソファが鳴る。周くんが私から少し距離を取ったのがわかった。  おそるおそる正面へ顔を動かすと、目を細めたまま動かない周くんと視線が交わう。 「…………だから嫌だったんですよ」 「え?」 「なんでもない」  低く呟き、手が脚をのぼってきた。  今日は出がけにスカートをやめてパンツにしたのを思い出し、すぐに色々と許す流れにならないことに内心ほっとして身体をよじる。 「待って、ほんと私戻」 「でももう必要以上にあの人と接触しなくなりますよね」  まるで(はりつけ)にされた蝶のように両手を抑えられたままの私に、周くんは綺麗に微笑んだ。口調は丁寧だし穏やかだし、怒ってるようにも思わない。  けど、何とも言えない迫力がある。 (……どういうこと?あの人って佐野…だよね) (必要以上に接触って、今の話の流れだと――)  周くんの言葉を反芻していると、ふっ、と笑って耳に唇を寄せられる。  息がかかって肩が跳ねたけど周くんは気にするそぶりもなく、ククッと喉の奥で笑った。 「オレはね、琴乃のおかげで社長もいいもんだなって思ってる」  ――そう低くささやいて。
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