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第50話

 目を見開いた周くんの顔に、我に返った。  突き飛ばした両手がかすかに震えて、でもそんな資格はないからとっさに胸元に寄せる。 「ご、ごめ」 「佐野さんに言われたからですか?」 「え」 「快楽で誤魔化しているように見えると」 「それは」 (たしかに言われたけど) 「だから流されてくれないんですよね」 「違う、私は自分で」 「佐野さんの言うことなら素直に聞くんだ」 「だから違うってば!」 「違わないでしょ」  顎をつかまれた。  こうして至近距離で周くんと見つめ合うのは久しぶりなのに、ときめくんじゃなくて緊張で鼓動が速くなるなんて。  ジリジリと近づく唇を、今は受け入れたくないなんて思う日がくるなんて。 (こんなの、嫌だ) 「待って四ノ宮くん、落ち着いて話をしよう?」 「お断りします」 「落ち着いてよ。今いるのは会社。みんな仕事してる」 「わかっています」 「こんなことしてる場合じゃないでしょ」 「オレにはこんなことじゃないんです」  声はいつもの四ノ宮くんモードだ。  でも―― (……またオレになってる) (エレベーターでは琴乃って呼ばれたし、やっぱり少し変だ) 「こういう話は仕事が終わってからにし」  それでもどうにか落ち着いてもらおうと、周くんの手に触れる。 (……震えて?)  勘違いじゃない。  周くんの手がかすかに震えていた。 (そういえば、突き飛ばしちゃった直後の顔……)  今まで見た中でいちばん幼かった。  驚きと、戸惑いと、――傷ついた、こどもみたいな顔。 「周くん」  名前を呼んで手を両手で包みこむと、周くんはびくりとした。  自分から顎を掴んできたくせにその手が震えて、しかも気付かれたことに気がついてバツの悪そうな顔をする。離れた手がそっと腰に回った。今度はすごく優しい。 (……そんなこどもみたいな顔、するんだ)  付き合ってきて初めてかもしれない、こんなこと思うの。  だって、いつだって飄々としてた。社内でも、ふたりっきりの時でも本当に年下なの?ってばっかりなことだらけだったのに、今改めてこの子は年下なんだと思った。  背中に手を回す。ゆっくりと、周くんの胸に頬を寄せた。 (…ドキドキ言ってる)  腰にある周くんの手に力が入るのがわかる。  反対の手が私の背中にまわって、おそるおそるといったように抱きしめられた。 「……周くん」 「……四ノ宮です」 「さっき琴乃って呼んだの誰」 「………」 「……ごめん。佐野のことで不安にさせてた?」  返事のかわりに、ぎゅ、と強く抱かれる。 「佐野に言われたからじゃないよ。私が周くんとちゃんと話したいと思ったから」 「……」 「流されてる自覚はずっとあったの」 「それでいいって言いましたよ」 「よくない」 「オレとのセックスがそのくらいイイってことでしょ」 「ちょっ……だから話してるのに触らないの」 「なんで?オレから離れられなくしたいのに」 「……っ!?」  見上げたら、鼻先が触れた。  すり、とすり寄せられたそれがずれると、今度はスローモーションのように周くんの唇が近付いてくる。……うすく開いた唇から見える舌に、ぞくっとした。
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