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第48話

 周くんについて廊下に出ると、そこで話すと思っていたのにエレベーターに向かっていく。  あわてて声を掛けても、ここでは落ち着きませんからと言って周くんは足を止めない。まわりに人がいないことを確認してから、私は周くんの腕のスソをつかんだ。  一瞬だけ止まってくれたけど、すぐに前を向いてしまう。 「ね、ねえ。私戻るから」 「話があると言ったでしょう。大丈夫、問題ありません」 「問題あるってば。周くんは今日たしか佐野と外周り――」 「よく御存知ですね」  ――ピリッとした。  触れようとした背中だけじゃなくて、周くんをつつむ空気が―― 「……あ、周く」 「ここ数日僕とは空々しいほど穏やかな中身のない連絡しか取り合っていないように思いますが、佐野さんとは違うんですか」 「ちが」  周くんは一切こっちを振り返ることなく、スタスタとエレベーター前まで行って昇ボタンを押した。……一切、こっちを見ない。立って待ってるだけなのに。  戻ると宣言したのだから、戻ればいい。それなのに、足が動かない。フロアにはりついて離れない。 (今戻ったら……ダメ、なのかもしれない)  直感が私を動かした。  到着音が鳴り、開いたエレベーターへ先に乗り込む。開くボタンに指を置き、勇気を出して顔を上げた。  周くんの顔が見えない事が、どうしようもなく不安だったから。 (……!)  やっと見れた周くんの顔。  四ノ宮くんじゃない。周くんの顔になっていた。 「……戻らないんですか」  念を押すようにもう1度言う。  本音が見えにくいいつもの微笑みを崩さないようにしてるけど、ほんのちょっとだけ左の眉が上がっている。これは、大好きな周くんの顔だ。 (久しぶりに見た) (やだ……泣きそう) 「戻るなって言ったのはそっちでしょ」  ヒリつく喉の奥をごまかすように目を逸らして言う。 (あ……しまった) (こんな言い方するつもりじゃ) 「そうでしたね。では社長室までどうぞ」  周くんは気にする様子もなく、エレベーターに乗り込んできた。  せまい箱の中は息が詰まる。 (……最近、いい思い出もないし)  後ろに立つ周くんは黙ったままだ。 「……外回りを知ってたのは、朝、ボードを見たからだから」  ――少しの沈黙にも耐えられそうになく、私が口火を切る。 「だから……その、佐野と個人的な連絡取ってるわけじゃないから」  変な誤解だけはされたくない。  でも、周くんはやっぱり黙ったままだ。 (なんか言って) (……だからってふり返る勇気もないんだけど)  課に戻るのをやめて、エレベーターに乗り込んだ。  今私がふりしぼれる勇気はそこまでで使い切ってしまった。情けないけど、拒絶の目をされていたらと思うと怖くてとても無理。  目をつむり、ひたすら沈黙に耐える。 「……エレベーターは嫌いです」  目的階に到着寸前、ため息のように流れる声がした。  ふり向くことはできなかった。後ろから抱きしめられたから。 「あま……っ?」 「……ここで抱けばいいのかな」  呟く周くんの声が、低い。 「この場でめちゃくちゃに抱けば琴乃も忘れられるだろ」 「な、え、何を」 「言わせる気?オレに?」  周くんの手が私の脚と胸に伸びた時――到着音が響いた。
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