45 / 55

第45話

(うそ、周く…!) (えっでも佐野とのやりとりはバレて……ないよね?) (どうしよう、変な汗かいてきた)  かたまって動けない私に、周くんの唇は綺麗に微笑みのかたちをつくったまま、これまた綺麗に首をかしげた。  「遅いなと思いましてね」 「あ……えっと、ごめん、ちょっとね」  床にはりついたみたいになった足をどうにか動かして、私は周くんへとゆっくり歩いていく。だって、課に戻るには通らなきゃいけないところだから。  今の私は充分あやしいけど、回れ右をして避けるのはもってのほかだ。  まるで初めて受験した時みたいな緊張感と冷や汗を自覚しながら、それでも私は努めて笑顔をつくる。 「四ノ宮くんも会議メンバーだっけ?」 「いえ」 「そっか。……じゃ、課戻らなきゃいけないから」  何を話しても墓穴を掘る気がして、そのまま通り過ぎようとしたけど出来なかった。  ……周くんに手首をつかまれたから。 「僕の質問に答えてもらってませんよ。大朏さん」 「……え、っと」 「お話は終わりましたかと伺ったんです」 「はな」 「佐野さんとのお話は、終わりましたかと」  サァっと血の気がひいていく。  周くんがいたことの衝撃が強くて、なんて言ったかまでちゃんと聞いてなかった。 (終わりましたか、ってことは) (話してたこと知ってる、どころかもしかして、聞かれ――!?)  ふっと小さく息が漏れる音がしたのと同時に、つかまれていた手首が解放される。  顔をあげると周くんがまっすぐ私を見ていた。その目がスッと細くなる。微笑んだままなのに、どこかこわい。 「会議室も防音ではありませんからね。ドアのすぐそばにいるだけで室内でのことくらいわかります」  室内でのこと。  佐野と話してたことだけじゃなくて、何があったか――キスをしたことも全部、周くんは知ってるってことを言ってるの?そんなに前からここに?  ……でも確認なんて出来るはずもない。 (でも待って) (なんか今の、ひっかかる) (会議室も……「も」?) 「社長室も防音じゃないですから。ドアの外にいれば……ね」 「……っ!」  さっき引いた血の気が今度は一気に顔に集まった。  今朝のことを指したのがわかった上に、この言い方。佐野がいるのを知ってて私にああいうことを仕掛けたって言ってるのと同じじゃ―― 「まぁ佐野さんは途中で耐えられなくて離れたみたいですけど」 「なっ」 「全部顔に書いてありますよ。本当、わかりやすくて面白い」  戻りましょう、と差し出された手を社内で取れるはずもなく、私はうつむいて歩き出す。  周くんはフゥと小さくため息をついて、少しうしろをついて歩いてきた。 「今の大朏さんはイレギュラーなわけですよね」 「……何が?」 「僕への欲望をコントロールできない。社内でも僕に触れたくなり、セックスもしたくなる」 「なっ!」 「いいんです、それで。僕がそうなるようセックスの度に仕込んでるんですから」 「何言って」 「だけど」 「きゃっ……」  グイッと手を引き寄せられて体勢が崩れる――と思ったら、周くんの胸の中におさまっていた。抱きしめ……社内で、抱きしめられている。  身体をよじらせてみたけど力が強すぎて何もできない。 「周くん、誰かに見られたら」 「もういいじゃないですか」  耳元でささやかれ、力が抜けそうになった。  周くんはわかっていて私の耳を指で擦ったり、耳朶に軽いキスをしてくる。反射的に喉の奥から出かかる声を必死におさえようとしながら、私は自分に呆れていた。 (……さっき佐野と話したのはこういうことなのに) (だめだ、すぐにこうなっちゃう) (これをなんとかしたいのに) 「先輩はオレのだって、もうみんなに言ってもいいじゃないですか」 「っ……、っ、……!」 「快楽で誤魔化す?おおいにけっこうなことだと思いませんか」 「……!?」 「聞こえてましたよ。全部。全部です。……琴乃が佐野さんとのキスに感じた声を漏らしてたのも全部ね」  耳元で囁く周くんの声が一気に低くなり、耳に痛みが走った。 「いっ……!」 「痛いですか?ふふ、そうでしょうね。キツめに噛みましたから」 「……っ、周くん、あの」 「言いわけはいりません。……戻りましょう」  あったかかった周くんの身体が離れる。  私より先に歩き出した背中が遠く見えたのは、たぶん……うしろめたさのせいだ。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!