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第44話

(……その顔はちょっと、反則だと思う) (言わないけど)  佐野から顔を逸らし、私はドアに向かう。  仕事は終わった。話す事はない。これ以上ここにいたら、今の私じゃ何も太刀打ちが出来ない気がした。 「だがどうだ。今のお前は仕事中にすら情欲に溺れてらしさの欠片もないくせに、いつもどこか不安そうだ」  無視。  そんなセクハラ発言相手にするだけ無駄だし、何より図星を突かれて痛い。  痛がることさえ、今の私にはきつい。 「そもそも、社長の息子であることを隠されていたんだろう?」  無視。もう手はドアノブを握った。あとは出るだけ。 「四ノ宮に相応しくないかもと落ち込むことすら、お前らしくもない」 「……うるさい」  ――と思ったのに。 「わかってるよそんなこと。なんで佐野に言われなきゃいけないの」  思ってたのに、止まらなくなった。  社長の息子だって事は、周くんも「いずれ話そうと思ってた」と言っていた。あの夜バーで聡彦に話しかけられなければ今もきっと知らないままだった。  だってまだ付き合って1年も経っていなくて、私たちは大人で、学生とは違う。何でも自分の事を知ってほしいとか相手を知りたいと追及することばかりが愛ではないってことを、もう知ってる。 (だから気にしないって思ってたのに)  心のどこかでは大事なこと隠されてたって、本当は思ってたのかもしれない。  ドアノブを握ったままの自分の手が震えているのを私は見つめていた。  振り返っていないから、佐野の表情はわからない。こっちを向いているかさえわからない。  でも声の距離感はさっきと同じだ。きっと佐野も椅子に腰をおろしたまま、いつものあの顔で正面を見据えたまま、私に声をかけてる。 「何度セックスしたところで虚しくなるだけじゃないのか」 「セクハラで訴えるよ」 「お前が虚しくないならいい」 「しつこい」 「俺にはお前が快楽で誤魔化しているようにしか見えんが」 「……っ」 「誤魔化しているのはお前自身か?それとも四ノ宮か」 「……ホンットに、うるさい」 「痛いところを突かれた時の反応は学生時代から変わらないな」 「っ………!」 「……そろそろ他の連中も来るだろう。お前は戻れ」  言われなくても、  って言い返したかったのに、喉がつまってうまく答えられなかった。 (仕事…戻らなきゃ)  目をつむり、深く息を吸う。  は、と息を吐き出しながらノブを回して、外へ出た。  佐野との会話で息苦しくなっていた空気が一気に澄んだ気がする。もう1度深呼吸をしようと肩を広げかけた、その時。 「――お話は終わりましたか?」  少し離れた壁に寄りかかりながら腕を組んで私を見つめる、笑顔の周くんを見た。
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