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第36話

「四ノ宮周はいるか」  乱暴な声が飛び込んできたのはそのときだった。  みんな一斉にそちらを向く。私も同じで、声の主を捉えた瞬間ぎょっとする。質の良さそうなスーツと靴に包まれているけど品性のない、アイツ。 (聡彦……!)  周くんが社長となることをよしとしない反対派筆頭の叔父とやら。  突然現れた異物ともいえる存在に、みんなはざわついた。誰、ああ、たしか社長の親戚とか何とか。そんな曖昧な情報を口ぐちにする中、名指しされた周くんはしらっとしている。  聡彦は自分に集中した視線をものともしないでズカズカ入り込んできた。まっすぐ、周くんに向かって。 「おまえ……」  今にも周くんの襟首に掴みかかろうとする勢いの聡彦に対し、周くんはわざとらしいくらいに驚いた表情を見せた。 「何か御用でしょうか」 「御用でしょうか、じゃない!……ちょっと来い」 「もうすぐ始業なので」 「いいから来い」 「僕にはここでの仕事があるのですが」  突然の闖入者に対し、表情ひとつ変えず動こうとしない周くんに周囲は固唾を飲んで見守る。私はハラハラしていた。こんなところで万が一にも聡彦が何か言ってしまったら、いったいどうするつもりなんだろう。 「失礼」  その時、佐野がふたりの間に割って入った。  聡彦の指示のもと周くん監視係になっているという佐野だけど、そんなこと誰にも知られたくないはず。当然だけどまるで初対面と言わんばかりのいつもの仮面のまま、佐野はゆったりと、でも冷たくも聞こえる声で続けた。 「四ノ宮の上司である佐野です。何かありましたか」 「……ああ。借りていいかね」 「今日はそこまで詰まっていないのでひとまずは大丈夫ですが、早めに返してくださると助かります」 「わかっとる」 「なんなら私も共にうかがいますが」 「……そうだな。部下が心配なら来るといい」 (佐野……)  何も知らない人からすれば、よくわからないオジサンに難癖つけられそうな部下を心配しての発言にもとれる。  でも、佐野は違う。心配なんてしてない。佐野はただ、「その件に自分の介入も必要か」と言ってる。聡彦だってそれをわかってて、あんな風に応じただけ。 (今さらだけど……) (周くんを取り巻く状況って……)  私が思っているより、お家騒動というか内部抗争というか。そういったものは根深いものなのかもしれない。  周くんに味方がいるとしたら父親である前社長くらいしかいないんじゃないか。そんな不安が頭をよぎった。 (わ、私はべつに社長になってほしいわけじゃないけど) (……周くんもなるつもりないって言ってたし) (でも……)  社内の端末が一新された朝、聡彦が乗り込んでくる。  タイミングとしては理由が明確だと思えた。やっぱり、周くんが意図したもので、しかも独断決行ってことだ。 「みんなは始めていてください」  私がうじうじ悩んでいる間にも、佐野は周くんの隣に並んで聡彦のあとをついていく。  戸惑いながらも各々返事を返してデスクに座り直したみんなを見ながら、私もそっと腰を下ろそうとした――のを、誰かの腕が掴んだ。 「お前も来い」 「はっ……?」 「いいから来い」 「えっ、待っ……ちょっと佐野」 (みんなの困惑した視線が、痛い……!)  こんな目立つラインナップに加わりたくなんて、なかった。
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