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第35話

 頭を振って、頬を叩く。  こんなんじゃだめだ。恋愛にのめり込むなんてこと、今までしたことなかったから、ガラにもなく振りまわされることに戸惑ってるだけ。 (今日からはまたちゃんとした、いつもの大朏に戻らなきゃ)  意識して顔をひきしめ、部署に入ろうと――した。 「大朏さん、遅いです!」 「えっ」  部署内では唯一の後輩女子、天崎(あまさき)があわてた様子で飛び出してきたのと私が入りかけたのが同時で、ぶつかりそうになってしまった。 「え、遅……?」  始業までまだ10分以上はあるはず。  腕時計を確認してもやっぱり同じで、天崎の引き攣った顔を見る。前髪の長いワンレンボブにゆるくパーマがかかった彼女は、「いいから早く」と私の手を引っぱって室内に入った。  別になんてことないいつもの朝……じゃない。  みんな戸惑った顔で互いを見遣って、佐野さえもその中にいた。いったい何があったの?と私もみんなを見てみると、「見てください」と自分たちの前を指した。  顔に釘付けで全然気にしてなかったそこに目線をやる。 「……なにこれ」 「朝来たらこうなってたんです。どうやら他部署も同じみたいで」  デスクのパソコンが、すべて一新されていた。  この会社はいろんな意味で昔ながらの体制が続いているし、端末類に関しても同じ。「壊れてないなら買い替えは不要」。理解は出来るし家では私もそうだけど、正直時代遅れにならざるをえなかった、我が社のウィークポイントのひとつとも言える。  それが、全部、最新になっていた。 「すっげ……うっす。ノートレベルじゃん」 「これ僕欲しかったやつっすよ」 「うわー動作も軽い……」 「作業しやすくなりますねこれ」  みんなはしゃいでいる。私もおそるおそる自分のデスクに近付いて、立ち上げてみた。 「なにこれ……テレビ?解像度おかしい……いや、今までのパソコンがアレだったってこと……だよね……」 「ですよね!大朏さんにも早く見せたくて!」 「や、これは気持ちわかるよ」 「あっ、さっき遅いとか言っちゃってすみませんでした」 「大丈夫大丈夫」  今までのことを考えれば、天崎をはじめとしたみんなのはしゃぎっぷりがよくわかる。 「でもなんでいきなりなんでしょうね?社長、考え方変えたのかなぁ」 「どう……だろ?」  社長、という単語に背筋が伸びた。  咄嗟に動きそうになった自分をおさえて、ゆっくり、それとなく佐野班の方向に視線を向けてみる。 (佐野が……)  わかりやすいくらい佐野が周くんを見ていた。  周くんはといえば…… (……読めない!!)  佐野に話しかけられて何かしら受け答えをしているみたいだけど、会話の内容までは聞こえない。しかも、いつもの四ノ宮スマイルを通しているもんだからさっぱりわからない。  穏やかすぎて読み取れない。感情が。しかもこっちを見ない。よけいにわからない。 (……そういえば、社長室の鍵も変わってた)  認証システムに変わっていたのを思い出す。  社内の端末を一新するなんてこと、社長、もしくは会長レベルの人間じゃないと決断も指示も出来るわけがない。これまでを考えれば、前社長が率先してやることだとも思えない。 (社長なんてやる気ないって言ってたけど) (やる気なかったら、こんなことする……?)  きれいに微笑む年下の恋人を見つめながら、妙な胸のざわつきを覚えた。
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